原形版と改訂版の両方を読み比べてみませんか
「青蜥蜴」(横溝正史)
(「金田一耕助の新冒険」)光文社文庫
ホテルで殺害された娼婦の胸には
マジック・インキで描かれた
一匹の青蜥蜴が。
犯人と目される連れの男は、
全身黒ずくめの
猫のような男だった。
次には良家の淑女が同じように
青蜥蜴の紋章を刻まれて
殺害される。
犯人はなぜ…。
というわけで、前回取り上げた
「夜の黒豹」、せっかくでしたから
原形作品「青蜥蜴」も読んでみました。
多くの方がおそらくは私と同じように、
「夜の黒豹」を読み、その後「青蜥蜴」を
読まれるのではないかと思われます。
その順序で読むと、
筋書きが大幅に縮小されたと
感じるはずです(書き手の時系列では
「青蜥蜴」から「夜の黒豹」へ
拡大したのですが)。
やはり10分の1の分量ですから、
描けることには限界があります。
【主要登場人物】
山田三吉
…ホテルのベルボーイ。
第一の事件の目撃者。
葉山チカ子
…第一の事件で殺されかけた女。
水町京子
…第二の事件で殺害された娼婦。
赤尾敏子
…第三の事件で殺害された女性。
赤尾登喜次
…敏子の夫。産科医師。
佐藤美奈子
…敏子の友人。未亡人。
等々力警部…警視庁警部。
金田一耕助…私立探偵。
「夜の黒豹」との違い①
事件が縮小、登場人物も縮小
分量に合わせて事件は縮小しています。
といっても「夜の黒豹」での
殺人事件3、殺人未遂事件1、
拉致監禁事件1、から、
殺人事件2、殺人未遂事件2、へと
減少しただけです。
したがって、
事件は大きくは縮小していないのです。
事件の周辺の記述が
大幅に簡素になっているのです。
そのため登場人物も絞られており、
すっきりしています。
「夜の黒豹」との違い②
異常性癖傾向が大幅に縮小
「夜の黒豹」では、
これでもかというくらいの
異常性癖が並びました。
原形版では
未成年に被害は及んでいません。
「夜の黒豹」との違い③
山田三吉の生死が分かれる
「夜の黒豹」ではあえなく落命した
山田三吉ですが、
実は生きて保護されていて、
最後に犯人を特定するという
役割を与えられています。
こうしてみていくと、
原形版の方がシンプルで
よくわかる構成です。
「夜の黒豹」ではあまりに複雑すぎて
謎解きを作者が解説していたのですが、
原形版では金田一の口から
事件の真相が丁寧に語られます。
簡素であることにより、
本作品のトリックの肝も
わかりやすいものになっています。
原形版は決して完成度の
低いものなどではなく、
これも一つの作品として
しっかりと完成しているのです。
ただし、簡素であるが故に
犯人がすぐに目星が付いてしまう点や、
第1の事件、第2の事件の
必要性が薄くなってしまっている点は
致し方ないでしょう。
こうした点を補いながら、
異常性癖の度合いを極限まで高めて
作品の大きな特色にしているところが
「夜の黒豹」への
改訂のポイントなのです。
こうした原形作品を集めた
本書「金田一耕助の新冒険」が、
1996年に単行本、
2002年に文庫本で出版され、
読むことができるようになっていたのに
肝心の「夜の黒豹」は
新角川文庫ではスルーされ、
金田一耕助ファイルには収録されず、
読めない状態が
20年近く続いていました。
先日ようやく角川文庫から復刊され、
これでやっと「ねじれ状態」が
解消されたことになります。
これを機に、原形版と改訂版の
両方を読み比べてみませんか。
※本書「金田一耕助の新冒険」
収録作品一覧
「悪魔の降誕祭」
「死神の矢」
「霧の別荘」(「霧の山荘」原形)
「百辰譜」(「悪魔の百辰譜」原形)
「青蜥蜴」(「夜の黒豹」原形)本作品
「魔女の暦」
「ハートのクイン」
(「スペードの女王」原形)
(2021.8.27)
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