真に恐れるべきはロボットではなく、人間
「R62号の発明」(安部公房)
(「R62号の発明・鉛の卵」)新潮文庫
会社を馘になり、
自殺しようとしていた
機械技師「彼」は、
生きたままロボットにされ、
「R62号」と呼ばれる。
「彼」をロボットにした
国際秘密クラブは、
労働運動阻止の目的でつくられた
結社だった。
そのR62号の派遣された先は…。
変身ものが得意の
安部公房らしい一作です。
主人公「彼」が変身するのはロボット。
植物化する「デンドロカカリヤ」、
一本の棒になる「棒」、
人々が液状化する「洪水」に比べれば、
いささかおとなしめの
「変身」なのですが、筋書きは強烈です。
R62号が派遣先の工場で製作するのは
何と「殺人マシン」。
終末はスプラッターさながらの
様相を帯びていきます。
それもそのはず、
R62号の派遣先はあろうことか
自分を馘にした会社。
自身を自殺に追い込んだ企業に、
「彼」は見事に復讐を果たしたのです。
こうした「ロボットの反乱」で
思い浮かぶのはもちろん
チャペックの「ロボット」です。
しかし本作品のR62号の「反乱」は、
チャペックのそれとは異なります。
ロボットとなったR62号自身は
何も手を下さず、
彼のつくった「機械」が
工場長を殺害しているのです。
しかもただの殺人ではありません。
人間を刃物が飛び交う
密閉空間に閉じ込め、
数多く配置されたボタンが
緑色に点灯したときに
それを押しさえすれば
解除されるものの、
押し遅れると指が切断され、
10回失敗すると(つまり10本の指が
切り落とされると)
刃が背中から突き刺すという
残酷極まりないものです。
本作品における安部のねらいは、
単なる「ロボットの反乱」などでは
ないのでしょう。
では、安部は何を描きたかったのか?
手がかりの一つは、
惨劇が演じられたときの
国際秘密クラブの所長の言葉でしょう。
彼はR62号に対して
「何をつくる機械だったのか」の
問いかけを、三たび発しています。
クラブの思想は、
機械が労働者(経営者以外の人間)を
統制し管理することでした。
そのクラブの意思を具現化すべく
完成したのがR62号ですから、
彼の制作した「機械」は、
殺人マシンではなく
本来は人間の能力を最大限に引き出す
訓練装置と考えるべきでしょう。
チャペックの「反乱」は、
ロボットが自由意志を持った結果の
意図的な革命でした。
自由意志を奪われたR62号の行為は、
実は「反乱」などではなく、
人間の求めを忠実に
しかも高度なレベルで実行した
結果なのです。
真に恐れるべきはロボットではなく、
人間ということなのでしょう。
さて、
本作品では至るところで登場人物が
人間の存在の不確かさについて
語る場面が挿入されています。
「考えてみると、ぼくたち、
生きてるか死んでるかのどちらかに
割切ってしまう常識論に、
こだわりすぎていたと思うんです」
「自殺の目的を死ではなく
脱出だと考えれば、これがかえって
自然な道順かもしれない」。
安部の描こうとしたものは、
まだまだ深みがありそうです。
※本書「R62号の発明・鉛の卵」
収録作品一覧
「R62号の発明」(本作品)
「パニック」
「犬」
「変形の記憶」
「死んだ娘が歌った」
「盲腸」
「棒」
「人肉食用反対陳情団と
三人の紳士たち」
「鍵」
「耳の値段」
「鏡と呼子」
「鉛の卵」
(2021.8.28)
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