「火垂るの墓」とは雰囲気が異なります
「ベトナム姐ちゃん」(野坂昭如)
(「日本文学100年の名作第6巻」)
新潮文庫
横須賀のドブ板通りのバーの
ホステス・弥栄子は、
いつもベトナム帰りの
アメリカ兵に対して、
無料で性的なサービスを施す。
今日も彼女は
二十一歳になった若い米兵
「ジュニア」を
あたたかく迎え入れる。
彼女が奉仕する理由とは…。
野坂昭如は
こういう小説書いていたのか。
アニメ映画化された「火垂るの墓」の
イメージが強すぎて、
つい戦争時代の悲しい物語を
何編も書き綴っているという
印象がありました。
本作は戦争がらみの悲しい小説ですが、
「火垂るの墓」とは雰囲気が異なります。
性的な表現が多く見られ、
少なくとも中学生以下には
薦められません。
この主人公・弥栄子には、
終戦前にあこがれていた
二十一歳の大学生・和夫がいて、
彼が出征する前に身を捧げます。
ですが、
彼は兵役の恐怖からなのでしょう、
不能のまま終わります。
そして彼は戦地から
生きて帰っては来なかった…。
彼女はそうした彼の姿を、
若い米兵に重ねて生きているのです。
太平洋戦争では日本の若い命が
次々に散っていきました。
数年をおいてのベトナム戦争もまた、
アメリカの若者の命が
多数奪われました。
戦争はいつの時代であれ、
そしてどの国であれ、
若い世代に対して
数知れない悲劇をもたらすのです。
戦後の価値観の混乱のようすも
本作は伝えています。
戦時中あれほど鬼畜米英と称して
アメリカ人を
鬼のように憎んでいたのに、
戦争が終わって数年で
「ウェルカム」というのは
どういうことなのか。
日本人は節操がなかったのか、
それとも鬼畜米英は
プロパガンダに過ぎず、
一般人は冷めて見ていたのか。
戦争を知らない世代としては
よくわからないことなのですが。
いずれにしても、本作品は
戦争のもたらした悲哀を
見事に描ききっています。
調べてみると、
野坂昭如の作品のテーマは
「人の死」「人の性」のものが
多いようです。
「火垂るの墓」が純粋に前者であるなら、
本作はその二つを
同時に描いたものなのです。
だからこそ、
この「日本文学100年の名作」に
選ばれた作品なのであり、
同時に野坂昭如の
代表作でもあるのです。
「火垂るの墓」そして「戦争童話集」が
子どもに向けた
「戦争を描いた作品」であるならば、
本作品は純粋に、大人に向けた
「反戦小説」なのではないかと思います。
高校生であれば、
それまで読んだ戦争ものとは
明らかに異なる一編として
視野が広がるものと考えます。
※「日本文学100年の名作第6巻」
収録作品一覧
1964|片腕 川端康成
1964|空の怪物アグイー 大江健三郎
1965|倉敷の若旦那 司馬遼太郎
1966|おさる日記 和田誠
1967|軽石 木山捷平
1967|ベトナム姐ちゃん 野坂昭如
1968|くだんのはは 小松左京
1969|幻の百花双瞳 陳舜臣
1971|お千代 池波正太郎
1971|蟻の自由 古山高麗雄
1972|球の行方 安岡章太郎
1973|鳥たちの河口 野呂邦暢
(2021.9.4)
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