110年前の少年の気持ちになって読むべし
「難船崎の怪」(滝沢素水)
(「明治探偵冒険小説集4」)ちくま文庫
「どんな大きな船でも、
難船崎の丁度三哩沖に
差しかかったが最後、
そこに何百年の昔から
渦を巻いて流れている
不思議な潮流に呑まれて、
海の藻屑と消えてしまう」。
避暑先でその噂話を聞いた
剛少年は、
夜にそっと家を抜け出し…。
怪談話か何かと思って読み進めると、
驚きの連続です。
本作品の正体は何と、
少年が悪の組織を一人で叩き潰すという
大冒険活劇でした。
本作品の読みどころ①
緩やかなサイエンス・フィクション
ただの冒険活劇ではありません。
ところどころにSF的要素が
ちりばめられています。
海底に設置された
複数のスクリューを回して
巨大うずまきをつくり、
海底面をむき出しにする装置、
塗っただけで
たちどころに船体を腐食させ、
船を沈没させる薬品等々。
海底面露出装置は
何に使っているのかというと、
その地下にある秘密基地との
出入りのため。
「陸上からの地下トンネル」でも
「ガラス張りの海底遊歩道」でも
「連絡用潜水艇」でも
良さそうなものですが、
人の出入りのためだけに巨大装置を
造るあたりは滑稽に思えてなりません。
また、そのような科学力を誇りながら、
仲間同士の連絡は信号灯の明滅による
原始的通信のみ。
このアンバランスな感覚が
何ともいえないところです。
本作品の読みどころ②
年齢不明・正体不明の剛少年
叔母さんの家に
避暑に来ているのですから、
剛少年はせいぜい
中学生といったところでしょう。
その年代であれば、
迷信の正体を確かめようと
冒険するのも当然のところです。
ところが悪人のアジトに乗り込み、
拉致されかけるところを、
「仲間にしてくれ」と持ちかけて
切り抜けるあたりは
中学生離れしています。
さらには一人で悪党集団十数名を
投げ飛ばしたりするあたりは
大人の格闘家顔負けの大活躍です。
この剛少年、一体何歳?何者?
本作品の読みどころ③
フレンドリーな悪の組織
剛少年を仲間に迎え入れた悪党集団は、
荒くれ者が見当たらず、
なかなかにフレンドリーな雰囲気を
醸し出しています。
剛少年に対する口調も丁寧です。
それなりに悪事は働いているのですが、
気さくな男たちの集団です。
と、現代の物差しで
本作品を測ってはいけません。
本作品の発表は明治45年。
今から110年前なのです。
明治の時代に少年を主人公とした
冒険小説を書けば
このような形になるのです。
押川春浪の影響が強く見られる本作品。
110年前の少年の気持ちになって
(無理?)読み進めると
それなりの発見があるはずです。
※作者・滝沢素水は
明治17年秋田市生まれ。
実業之日本社で編集者として活躍、
自らも少年少女向けの
冒険小説・SF小説・探偵小説等を
書き上げます。
その後、実業界に転身、
いくつかの会社の取締役に
就任するなど多才な人物のようです。
「怪洞の奇蹟」「暗中の怪人」等、
表題だけでもわくわくするような
作品を遺しているのですが、
すべて絶版中であり、
本作品がわずかに読めるだけです。
青空文庫でも取り上げられていない
作家であり、なんとかして
作品に接したいのですが、
方法がない状態です。
(2021.9.7)
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