「印刷」という価値ある文化とその物語
「活版印刷三日月堂 庭のアルバム」
(ほしおさなえ)ポプラ文庫

母がもらってきた素敵なカード。
それは活版印刷で
つくられたものだった。
学校に馴染むことのできない
「わたし」は、
その印刷所に興味を持ち、
三日月堂の活版体験に参加する。
店主の弓子は
「わたし」の描いたスケッチを
褒めると…。
小さな活版印刷所を舞台とした
ほしおさなえによる
ベストセラー作品の第三作目です。
これまでの第一作・第二作同様、
「活版印刷によって
形を与えられる依頼主の願い」
「一歩引いた主人公・弓子の魅力」
「ところどころに現れる
活版印刷の蘊蓄」が
大きな魅力となっていて、
今回も素敵な物語が綴られていきます。
本作品の味わいどころ①
「人生は捨てたものではない」と
確認させてくれる
これまでどおりの
4話構成の連作短編集です。
そのどれもが
「人生は捨てたものではない」と
確認させてくれます。
そして「そのまま進んでいいんだよ」と
背中を押してくれるような
優しさが感じられます。
4話の語り手、竹野・聡子・楓・悠生の
それぞれが自分の人生に迷い、
自分の人生の価値を再発見する様は、
そのまま読み手にも
同じ作用を促していくのです。
本作品の味わいどころ②
大人だってまだまだ成長できると
感じさせてくれる
作品の登場人物たちは、
皆それぞれに成長をしていくのが
素敵です。
五十歳を過ぎているであろう人物も、
変容していきます。
第2話の聡子は、
弓子の母親との思い出をたどるうち、
過去に縺れた親友との絆の糸を、
丁寧に解きほぐしていきます。
第3話の楓の祖母も、
楓のつくった印刷物がきっかけで
自分を見つめ直していきます。
五十も半ばを越えた
私のような世代にも、
本作品は穏やかに
語りかけてくれるのです。
本作品の味わいどころ③
物語の焦点が
弓子自身に向かいつつある
各話とも弓子に初めて接する人物が
語り手となっている関係で、
弓子は一歩引いた形で描かれています。
しかし本作品では、第2話で
弓子の母親・カナコについて描かれ、
第4話では、弓子自身が
盛岡の印刷工場を訪れて
「平台」で印刷作業を行っているなど、
弓子自身に接近した
描写がなされています。
これまで謎の多かった弓子の周辺が、
次第に明らかになりつつあるのです。
それにしても「印刷」という作業は
これだけ奥の深いものだったのかと
思い知らされます。
パソコンが普及し、
プリンターが安価になり、
個人でも精度の高い印刷は
可能になっています。
そうした現代だからこそ、
この「印刷」という文化を見直すことが
必要になってきているのだと考えます。
この素敵なシリーズも本編はあと
第4作を残すのみとなりました。
早く読みたくて
うずうずしているところです。
(2021.9.13)

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