「庭の眺め」(梅崎春生)

著者・梅崎春生の庭の眺めとは?

「庭の眺め」(梅崎春生)
(「百年文庫015 庭」)ポプラ社

庭というほどのものではない。
方六七間ばかりの空き地である。
以前ぐるりを囲っていた竹垣は、
今は折れたり朽ちたりして、
ほとんど原型を失っている。
あちこちが隙間だらけなので、
鶏でも猫でも犬でも
自由に通れる。
人間でも…。

誰しも自宅の庭の眺望には
大なり小なり気を遣うものでしょう。
そんな庭の眺めについて
書かれた本作品、
著者・梅﨑春生の庭の眺めとは?
大変なものです。
粗筋代わりに掲げた冒頭の一文に、
さらに付け加わります。
「おのずから生じた
 羊歯や灌木や雑草の類いが、
 自然の境界線をなしている」
「小動物は、毎日顧慮することなく、
 私の庭を通過する。」
「時には人間も通る。
 一度などは、
 馬が通過したこともあった。」

空き地同然でも庭は庭。
庭が庭たるゆえんは、家の付属物、
家人の所有物であることなのです。
その庭に闖入者があるなど、
常人では気が気でなくなるのでは
ないでしょうか。

それも侵入するのは
なんと隣家の人間なのです。
「私」の庭で勝手し放題です。
事件①:
人の庭に勝手にカスミ網を張り、
かかった小鳥を売りさばく。
庭の所有者である「私」に、
臆面もなく売りに来る。
事件②:
そうかと思うと庭の無花果の木を、
枝が電線に触れるという理由で
勝手に根元から切り倒す。
事件③:
庭に勝手にウネをこしらえ、
そこに野菜を植えている。

そうした傍若無人な隣人の振る舞いに
怒ることなく、
「私」は庭の変化を
淡々と受け入れています。
そこが何とも面白いのです。

①では、網については見ないふり。
網にかかった小鳥の
鳴き声がうるさいときだけ
小鳥を網から逃がしてやる。
②では、伐採劇を静かに台所から見物。
倒された無花果の木は
一日かけて薪にする。
③では、「その小部分を引抜いて、
朝のおつけの実にして食べてみた」。
黙認しながら上手に利用しています。
隣人はさらに庭の朽ち木に
なにやら細工を。
どうもキノコ栽培をはじめたようす。
「私」はその収穫を
心待ちにしているのです。

狭量の人間は、
自分の縄張りへの侵入者を
許すことができません。
器の大きい人間は、
それすらも
自分の楽しみにすることができます。
ユーモラスに富んだ本作品、
人間どうしの関係が
ついぎすぎすしてしまう現代にこそ
読まれるべきものだと思いました。

(2021.11.3)

Free-PhotosによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「庭の眺め」(梅崎春生)

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