「片意地娘」(ハイゼ)

古き良き時代の恋愛に浸りましょう

「片意地娘」(ハイゼ/関泰祐訳)
(「百年文庫071 娘」)ポプラ社

「片意地娘」(ハイゼ/関泰祐訳)
(「改訳 片意地娘 他三篇」)岩波文庫

若い船頭・アントニーノは、
町娘・ラウレラに想いを寄せる。
しかし彼女は彼の好意を
受け入れようとしない。
父に苦しめられた母を見て、
彼女は男が嫌いになったのだ。
沖へ出たころ、
彼は自分の感情に
結末をつけようと彼女を…。

父から暴力を振るわれ続けた母を見て、
心に傷を負う。
いわゆる夫婦間のDVに接することによる
PTSD。
現代ではよく見聞きします。
しかしラウレラの場合は
単純ではありません。

「暴力を振るう父」以上に、
「暴力を受けても無言で耐え抜く母」、
そしてその後に「父が母に向ける
愛情溢れるまなざし」から、
彼女の心は愛に対して矛盾を感じ、
愛を拒絶しようとしているのです。
「もし愛というものが、
 助けを呼ぼうという場合にも
 口をつぐませ、
 どんなひどい敵からされるよりも
 ひどいことをされても、防ぐ力を
 なくしてしまうようなものなら、
 わたしは決して男の人に
 心を寄せようなどとは思いません」

彼女に想いを寄せる
アントニーノはどうしたか?
沖に出た渡し船の中、
二人きりだったため、
ついには力ずくで彼女を
自分のものにしようとするのです。

もちろん失敗します。
彼女は彼の右手に噛みつき、
さらには海に飛び込み、
泳いで岸までたどり着こうとする始末。
彼は慌てて彼女を船に引き上げ、
深く謝罪します。
二人の関係は修復不可能で
あるかのように見えましたが…、
もちろん終末では
しっかりと結ばれます。
片意地娘・ラウレラの心は
どのように氷解したのか?
ぜひ読んで確かめてください。

ここで考えてしまうのは、
現代という時代の難しさです。
このような行為に及ぶことは、
現代では当然犯罪です。
危機を回避できない
密室状態ともいえる洋上の小舟の中で、
船頭が客に性行為を迫るなどとは
看過できないスキャンダルです。
では当時(十九世紀半ば)のイタリアが
大らかだったのか?

いやいやそうではありますまい。
二人の関係が好転したのは、
お互いに相手の立場と気持ちを考え、
自分の至らなさに
気づいたからなのです。
それは彼女の男嫌いが、
男の暴力を拒絶している以上に、
男の見せる愛の矛盾に
戸惑っていたからにほかなりません。
彼女の心は、彼女が気づく以前に、
アントニーノを求めていたことが
示唆されています。

頑なな少女の心を、
若い健康的な男性の情熱が
静かに融かしていく。
現代においては
身のまわりからも小説世界からも
消え失せてしまった筋書きです。
ドイツ人初のノーベル賞作家・ハイゼの
本作品を読んで、
古き良き時代の恋愛に浸りましょう。

(2021.11.8)

StockSnapによるPixabayからの画像

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