何やらクリスティの「オリエント急行の殺人」
「汽車中の殺人」(三津木春影)
(「明治探偵冒険小説集4」)ちくま文庫
松本行き列車の二等室中で、
一人の女性が殺害される。
発見時、
室内は被害者一人であった。
直前まで同乗していた
若い画家と、
現場から逃げ去った不審な男が
捕縛される。
両者の持ち物には
血痕が付いていた。
しかし呉田博士は…。
何やらクリスティの
「オリエント急行の殺人」のような
雰囲気ですが、
読むとまったく違います。
こちらはフリーマンの
ソーンダイク博士ものの短篇を、
明治の文筆家・三津木春影が
翻案したものです。
人名・地名をはじめとするすべてを
巧みに日本に置き換えた秀逸作です。
【主要登場人物】
丸瀬操子
…女優。列車内で殺害される。
広戸春雄
…画家。かつてモデルに雇っていた
操子とトラブル。逮捕される。
小坂房吉(ピー的小僧)
…三等室に乗車。操子を狙っていた。
匕首を持っていた。
呉田博士
…法医学博士。素人探偵。
中沢医学士
…呉田博士の助手。
春雄は先端の鋭利な傘、
房吉は匕首を所持し、
そのどちらにも
血痕が付いていたのですから、
どちらかが犯人と考えていいはずです。
室内には
被害者のほかは春雄だけであり、
激しく口論していたのですから、
状況証拠は揃っています。
一方の房吉も
無賃乗車の上に匕首をちらつかせて
周囲の乗客を脅し、
あまつさえその匕首を被害者目がけて
投げつけていたのですから、
こちらも限りなく黒に近い心証です。
それでは犯人はどちらか?
と、嫌疑濃厚な被疑者が
二人も登場するなら、
ミステリの場合、
どちらも「白」というのが常道であり、
本作品も同様です。
では真犯人は誰?
さすがにそれはここには書けません。
その謎を名探偵・呉田博士が
明快に解き明かすのですが、
あまりに意外すぎて
言葉も出ませんでした。
ぜひ読んで確かめてください。
さて、作者・三津木春影、なんと
明治14年生まれの作家なのですが、
純文学では芽が出なかったのでしょう、
少年向き翻訳に転身し、
当時成功を収めたようです。
本作品以外にも多数の
ソーンダイク博士ものを
翻案しています。
それらは近年
「探偵奇譚呉田博士 完全版」として
まとめられ、
再評価の気運が高まっています。
最後に一言。タイトルからは
「オリエント急行の殺人」を
彷彿とさせますが、
読み終えればその印象は
ポーの「モルグ街の殺人」に
近いものを感じます。
(2021.11.10)
【関連記事:明治探偵冒険小説集4】
【関連記事:明治探偵冒険小説集】
【三津木春影の本】
【明治探偵冒険小説集】