ブラック師匠の語り口に心を躍らせながら聴き入る
「かる業武太郎」(快楽亭ブラック)
(「明治探偵冒険小説集2」)ちくま文庫
ロンドンで設計士が金を奪われて
殺害される。
娘は犯人を追跡し、
見世物小屋の軽業師であることを
突き止めるが、
証拠不十分で釈放されてしまう。
父親の敵を討つため、
娘は軽業師の飼い犬を使って
その居場所を突き止めるが…。
取り上げるのは
これで三度目となります。
明治の落語家・快楽亭ブラックの
口述速記によるミステリ。
講談をそのまま記録したものですから、
不思議なテンポの良さがあり、
またしても
気持ちよく読み進めてしまいました。
【主要登場人物】
松本静
…父の敵を探して奔走する娘。
松本儀平
…設計士。娘と二人暮らし。
強盗に殺害される。
世界亭東一(神田武太郎)
…軽業師。
儀平から金を奪い、殺害する。
島田市太郎
…23歳。遊び人。
島田善吉
…市太郎の父。島田器械場社長。
山中清兵衛
…静に協力するが東一に拉致される。
山中鶴松
…清兵衛の息子。
拉致されるが脱出する。
山中みね(田中春)
…清兵衛の妻。東一と駆け落ちする。
片野芳造
…市太郎の友人。
春に近づき、東一の様子を探る。
父親を殺された娘の
犯人追跡劇なのですが、
予想外の展開を見せます。
犯人を捕縛するまでは
結婚しないというお静に
一目惚れした市太郎が、
その探偵役を務め、
協力して犯人を取り押さえ、
めでたく結ばれる、という
展開にはなりません。
お静の捜査に協力するのは
東一に妻を寝取られた清兵衛と
その息子・鶴松の父子。
しかしその二人は拉致監禁され、
清兵衛は何と自らの不注意で招いた
火災であわれ焼け死にます。
さらには
新たな助っ人が現れるのですが、
それはなんと東一本人。
最後まで
市太郎の活躍場面はないのです。
筋書きだけから
ミステリとしての面白さを
追求してはいけません。
これは全14回の講談の記録なのです。
通常の小説とは異なり、
制約があるのです。
まず、場面展開は
単純化されなければなりません。
一話で一つか二つの場面しか
描かれません。
したがって「第三回」では
清兵衛がお静と意気投合して
東一捜索に加わるまでだけが
軽妙なやりとりで綴られ、
「第七回」では
酒蔵に監禁された父子二人の、
鶴松は必死で脱出しようとするものの
清兵衛が酒で泥酔している様子が、
おもしろおかしく
表現されているのです(最後は清兵衛が
焼死するのは笑えないのですが)。
そして一話一話は
次回に期待を持たせる形で終わり、
翌回はその期待を上回る筋書きを
提示しているのです。
それゆえ一話ごとに展開が新しくなり、
全体を見渡したときに
ちぐはぐな印象を受けてしまうのは
致し方ありません。
本書は物語の情景を
想像して読んではいけないのです。
空想上の客席に自分を座らせ、
ブラック師匠の語り口に
心を躍らせながら聴き入るのが
正しい読み方といえるのでしょう。
この面白さにはまってしまうと、
抜け出すのは大変です。
(2021.11.23)
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