画期的な科学捜査、でも読みどころはそこではない
「幻燈」(快楽亭ブラック)
(「明治探偵冒険小説集2」)ちくま文庫
父を殺した犯人として、
恋人・又七が逮捕されたことに
おまさは心を痛め、
弁護士である
叔父・竹次郎に相談する。
竹次郎は
犯人の血染めの手形があることを
警察から聞き受け、
その指紋を使って犯人を
捜し出すことを思いつく…。
4篇収録されている
「明治探偵冒険小説集2・
快楽亭ブラック集」、
先週三篇目を取り上げましたが、
すぐさま最後の一篇を
こらえきれずに読んでしまいました。
こちらは幻燈機を使って
指紋照合をするという科学的捜査を
導入した画期的な作品です。
【主要登場人物】
岩出義雄
…岩出銀行頭取。何者かに殺害される。
山田又七
…幼い頃、瀕死の母を助けようと
義雄の財布を盗むが自首。義
雄に育てられ番頭となる。
岩出政
…義雄の娘。又七と結婚の約束をする。
岩出竹次郎
…義雄の弟。弁護士。
警察に再捜査を依頼。
永井宗三郎
…事件を捜査した警察官。
竹次郎は行員全員を一室に集め、
手形をとり、
それを幻燈機で大写しにして、
証拠の手形と照合し、
犯人を割り出すのです。
指紋についての知識が普及している
現代であればあまり驚かない
(むしろ行員全員に一方的に命令して
手形をとらせることの方に
驚くのでしょうが)のですが、
十九世紀末当時、
指紋が個体認識に使えることは
まだまだ知られていなかったのです。
巻末の解説には、乱歩が本作品を
「指紋小説の世界二例目」として
高く評価していた旨が
書かれてあります。画期的な
科学捜査小説だったのでしょう。
しかし本作品の味わいどころは
そこではありません。
全九回の講談のうち、
「第一回」は義雄と又七の出会い、
「第二回」は又七の成長と免職、
「第六回」はおまさから竹次郎への
涙の訴え、
「第九回」は竹次郎による義姉
(おまさの母)への説得
(おまさと又七の結婚について)に
費やすなど、
人情ものとしての側面が強いのです。
「第八回」で明らかになる真犯人も、
それ以前には登場せず、
単なる金目当てであり、
又七に罪をなすりつけようと
したわけでもなく、
ミステリとしての要素は薄いのです。
それでもやはり面白いのです。
一話ごとに盛り上がる臨場感、
貧しい又七が大恩を受け、
立派に成長する物語性、
恋人の窮地を救おうとする
おまさの健気な姿、
死刑が下される直前の逆転劇、
すべてが心躍る愉しさです。
娯楽のほとんど存在しない
明治の時代だからこそ、
このような素敵な
エンターテインメントが
生まれたのでしょう。
現代に生きる私たちが
それを愉しまないのは
損というものです。
(2021.11.30)
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