このスリリングな展開こそが明治の読み手たちを魅了した
「指の秘密」(姫山)
(「明治探偵冒険小説集4」)
ちくま文庫
寒さに震えて泣いていた
迷子の少女を、
「自分」は保護する。
翌日の午後、
ようやく少女の家を探しだし、
無事家族の元へ送り届ける。
お礼として
家族の歓待を受けるが、
どうも様子がおかしい。
寝室へと通された「自分」は
そこで…。
何と切り落とされた人間の指を
発見するのです。
それだけでなく、
衣装台の下の箱の中からは、
その指の持ち主とみられる
女性の遺体が。
そこには指輪や耳飾りを
奪った後があり、
どうやら自分もこの女性のように、
この家人たちの餌食に
なるのでは…、という
ホラー調のミステリです。
本書「明治探偵冒険小説集4」には、
谷崎や露伴、独歩といった
純文学の有名どころも
名を連ねているのですが、それ以外は、
梅の家かほる、丸亭素人、
滝沢素水、三津木春影といった、
初めて名を聞く作家ばかりです。加えて
本作の姫山(「きざん」と読みます)。
たったこれだけのペン・ネームに加え、
なんと生没年不詳。
素性がよく知れていないのですから
驚きです。
解説には
「英国のスパイ小説作家として
名高いル・キューの
研究家・翻訳家である
池雪蕾の門弟」とあるのですが、
ル・キューも池雪蕾も知らないのですから
意味をなしません。
正体不明です。
作家の素性はともかく、
サスペンスは本物です。
「自分」が肘掛け椅子に腰をかけた途端に
「突如!!! 突如!!! 真に突如!!!
圧しつけるような、
しかも恐ろしい風が
ハッと頭へかかったかと思うと、
キラリ燦爛たる光が
目の前にひらめいた」。
斧が振り下ろされる仕掛けが
施されてあったのです。
「自分」は九死に一生を得るのですが、
その後の展開は
首をかしげざるを得ない部分が
少なからずあります。
「自分」が正気を取り戻したときには、
なぜか殺人鬼一家は
アジトを捨てて逃走し、
家中はもぬけの殻だったのです。
女性の死体も運び去っていました。
「自分」にとどめを刺しさえすれば、
女性の場合と同じように
完全犯罪となったのでしょうが、
何故の逃走か不明です。
少女は囮のようなのですが、
「自分」が自ら探さずに、
警察にすべて任せていれば
このような犯罪は
起こせないはずであり、
合理的とはいえません。
ミステリとしてはいささか問題のある
作品であることは間違いありません。
でもいいのです。
このスリリングな展開こそが
明治の読み手たちを
魅了したのでしょうから。
そしてこうした海外作品の
翻案ものから火が付いた
探偵小説ブームこそ、
我が国のミステリの
母体となったのです。
現代に生きる私たちは、
ミステリの源流に
触れることのできた喜びを、
しっかりと味わうべきでしょう。
(2021.12.3)
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