誰が書いたかすらわからない、でも不思議な味わい
「名人藤九郎」(作者不詳)
(「明治探偵冒険小説集4」)
ちくま文庫
江戸の町に
名刀ばかりを盗む盗賊が現れる。
時には掏摸のように奪い、
時には相手を
斬り捨てさえするが、
その正体は不明だった。
ある晩、新吉は、
自分を破門にした師匠・
名人藤九郎が、
夜更けに家を忍び出るところを
目撃するが…。
これまで何度か取り上げてきた
「明治探偵冒険小説集4」、
最後の一篇です。
先日は姫山(きざん)という
正体不明の作家の作品でしたが、
今回の「名人藤九郎」は何と「作者不詳」。
誰が書いたかすら
わからないのですから驚きです。
【主要登場人物】
藤九郎
…刀鍛冶の名工。
刀に対して異常な執着心を持つ。
丁字屋丁山(お光)
…藤九郎の娘。遊女となっている。
石川源次郎
…旗本石川家惣領。
丁山と逢瀬を重ねる。
柴野栗山
…貧乏儒学者。入水しようとした
源次郎・丁山を救う。
お絹
…藤九郎の娘。お光の妹。
新吉
…藤九郎の弟子。
お絹と結婚の約束をする。
義助
…藤九郎の弟子。新吉を妬む。
長谷川平蔵
…火付盗賊改。
本作品の読みどころ①
名人の犯罪者心理
時代劇推理小説ではありますが、
謎解きの要素はありません。
犯人は藤九郎であることが
早々と描かれるからです。
ここでの読みどころの一つは、
名人藤九郎の
犯罪心理ということになるでしょう。
刀剣の諍いによって
父親が自害したという過去。
その原因をつくった侍を
偶然見つけ出し殺害した際に、
業物の大小を奪い取ったという因縁。
そうした経緯が、
名刀を見ると手に入れたくなるという
異常性癖を生み出したのです。
本作品の読みどころ②
二人の娘の縁談が絡む妙
藤九郎の異常性癖は、
結果として娘・丁山と源次郎の
入水の原因をつくります。
また、犯行の現場を
新吉に目撃されたため、
もう一人の娘・お絹と新吉の結婚にも
支障を生じることとなります。
しかも藤九郎が命を賭して
源次郎に手柄を立てさせ
事を収めようとしたことが、
逆に新吉の罪となって
死罪を申し渡されるのです。
一方を立てれば他方が立たない。
それをどう解決するか?
結局、
すっきりとした解決には至りません。
新吉の無実が証明されるものの
八方うまく収まってはいないのです。
探偵小説として及第点には
やや遠いという印象を
抱かざるを得ません。
それもそのはず、
作者は本職の作家などではなく、
新聞記者なのだとか
(そのため作者名が記されなかった)。
しかも小刻みに
第三十二回まで章が続くのですが、
各回の繋がりが
あまりよくない状況です。
もしかしたら複数の記者が
行き当たりばったりに書き連ねたような
疑いさえ生じさせます。
しかたありません。明治の時代、
「都新聞」に原稿を載せていた
当時の流行作家・黒岩涙香退社に伴い、
涙香人気で支えていた小説部門が
空席となったため、
窮余の策として
記者による事件メモを掲載、
その発展形として
本作品が生まれたのです。
筋書きとしては
不十分な点が散見されるものの、
その文体は快楽亭ブラックの
講談口調そっくりであり、
繋がりの悪い筋書きが、
逆に魅力的に思えるような
語り口となっています。
不思議な味わいのある作品であり、
よくぞこのような珍作を
見つけてきたものだと
感心してしまいます。
本当に面白い。
現代作品にはない面白さが
満載されています。
このような傑作本が絶版状態であるのは
何とももったいない限りです。
ぜひ復刊させて欲しいと思います。
(2021.12.10)
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