涙香から日本の探偵小説が始まった
「明治探偵冒険小説集1 黒岩涙香集」
(黒岩涙香)ちくま文庫
叔父が購入した屋敷は、
過去に起きた
忌まわしい事件のために
「幽霊塔」と呼ばれていた。
その屋敷の下検分を
命じられた「余」は、
そこで誰も知るはずのない
時計台のねじを巻いていた
不思議な美女と出会う。
彼女は一体何者なのか…。
「幽霊塔」
明治の世に、海外の探偵小説を
翻訳・翻案して紹介し、
後の江戸川乱歩や横溝正史らにも
多大な影響を与えた作家・黒岩涙香。
その代表作「幽霊塔」は、
今年出会った作品の中で
もっとも面白かったものの一つです。
この面白さに衝撃を受け、
それを乱歩がリライトした「幽霊塔」、
さらにはそれをジュヴナイル化した
「時計塔の秘密」と、
続けて読んでしまいました。
また、ちくま文庫から出版されている
「明治探偵冒険小説集」の
第2巻・第4巻も購入し、
さらに明治のエンターテインメントに
はまり込んだ次第です。
この「幽霊塔」ですが、
その原作本が何であるのか、
長らく不明でした。
涙香が原作を
「イギリスのベンジスン夫人の
ザ・ファントム・タワー」と
虚偽の記載をしていたからです。
原作を明らかにすると、
他紙から結末を
ばらされるかもしれないと
考えたらしいのですが、
そのおかげで作品にさらに謎のベールが
纏われたことは確かです。
現在は原作がA.M.ウィリアムソンの
「灰色の女」ということが知られて、
邦訳も出版されています
(論創海外ミステリ)。
それにしても黒岩涙香とは
どんな作家だったのか?
資料を集めると、
専業作家ではなかったようです。
その肩書きは
ジャーナリスト、評論家、歴史家と、
多々あるのです。
涙香の経歴は新聞記者から始まります。
「絵入自由新聞」の記者時代に、
今日新聞(後の都新聞)に連載していた
「法廷の美人」が好評を博し、
小説家としても歩み始めるのです
(絵入自由新聞とはどんな新聞?
絵入自由新聞と今日新聞は別会社?
別会社の記者の作品を
他の新聞社が掲載していたのか?等々、
調べても不明な点が多いのですが)。
そしてこの作品のように
翻案探偵小説(翻案とは、
原文に忠実な訳ではなく、
適宜人名等を日本風に改め、
かつ文章を日本語的にするなどして
理解しやすくしたもの)という分野を
切り開いたのです。
都新聞の社内のトラブルにより
退社した涙香は、
「鉄仮面」「白髪鬼」「幽霊塔」
「巌窟王」「噫無情」などの代表作を
次々発表、時代の寵児となるのです。
なんとヴェルヌの「月世界旅行」や
ウエルズの「タイムマシン」
(涙香訳では「八十万年後の社会」)も
翻案しています。
その多くが現在絶版中であり、
読むことができないのは
残念なことです。
本書に収録されている
短篇「生命保険」は、
そうした意味でも
紙媒体で読める貴重な作品です。
夏子は
交際している画家・堀川から、
衝撃的な話を聞く。
なんと夏子の亡くなった父親と、
堀川の
行方不明となっている叔父が
入れ替わっているのだという。
夏子はすでに父親の保険金の
一割にあたる一万磅を
受け取っていた。
真実は…。
「生命保険」
もっとも本書自体も絶版中
(電子書籍版はありますが)であり、
現代において涙香作品に接するのは
難しくなっています。
流通している紙媒体では、
論創ミステリ叢書の
「黒岩涙香探偵小説選」(全2巻)、
河出書房新社から出されている
「死美人」、
創元推理文庫の
「日本探偵小説全集1
黒岩涙香・小酒井不木・甲賀三郎集」、
新学社近代浪漫派文庫の
「徳富蘇峰/黒岩涙香」(こちらは
評論集)がある程度です。
青空文庫でも
「暗黒星」
「探偵物語の処女作」
「血の文字」
「無惨」
「幽霊塔」があるだけです。
黒岩涙香から
日本の探偵小説が始まったことを
考えると、何とも寂しい限りです。
昨年も没後100年の
記念の年だったにもかかわらず、
話題にすらなりませんでした。
再評価される日が来ることを願います。
(2021.12.13)
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