怪人の正体を読者に推理させるジュヴナイル
「姿なき怪人」(横溝正史)
(「横溝正史少年小説コレクション
⑥姿なき怪人」)柏書房
「姿なき怪人」(横溝正史)
(「姿なき怪人」)角川文庫
法医学の権威・板垣博士に
恨みを抱く「姿なき怪人」は、
博士の周囲の人間を
次々に狙っていく。
博士が後見人となっている娘・
吾妻早苗を手始めに殺害すると、
その次には博士のいとこ、
さらには博士の双子の姪にまで
魔の手が伸びて…。
横溝正史のジュヴナイルを集めた
「横溝正史少年小説コレクション」も
もう第6巻となりました。
収録されている3篇のうちの
2つめが本作品「姿なき怪人」です。
前回取り上げた「まぼろしの怪人」同様、
4話からなる連作短篇集的な構造です。
【主要登場人物】
姿なき怪人
…殺人鬼。板垣博士に恨みを抱く。
板垣祐輔
…法医学の権威。
木塚陽介
…板垣博士とトラブルを起こした男。
姿なき怪人の正体と目されている。
吾妻早苗
…板垣博士の被後見人。
父親の死に際して多額の財産を相続。
太田垣三造
…板垣博士のいとこ。
怪人に殺害される。
荒木泰子
…太田垣を通して板垣博士に
ダイヤの鑑定を依頼。
怪人に殺害される。
ヘレン望月・メリー望月
…板垣博士の姪。
来日直後に怪人に誘拐される。
辺見重蔵
…引退した探偵。
怪人の調査をしていた。
怪人に殺害される。
等々力警部…警視庁警部。
三津木俊助…新日報社記者。
御子柴進…新日報社給仕。探偵小僧。
本作品の読みどころ①
本作品の怪人は殺人鬼
「まぼろしの怪人」は
手荒なことが嫌いの、盗み専門の怪人、
いわゆる「怪盗」でした。
怪盗ルパンといい、
怪人二十面相といい、
ジュヴナイルに登場する怪人は、
青少年の健全な育成を願っていたのか
どうかは知りませんが、
いたって紳士的でした。
しかし本作品の怪人は、殺人鬼です。
ストーリー全体で5人を殺害し、
2人を拉致監禁しているのですから
悪質です。
こうして横溝ジュヴナイルを見渡すと、
やはり殺人がらみの犯罪が
多く取り上げられています。
基本的に横溝は殺人事件(を描くこと)が
好きだったのでしょう。
「まぼろしの怪人」でも、
第1話第2話までは
宝石の盗み出しでしたが、
第3話第4話には、
それとは別に殺人鬼を登場させ、
殺人事件を
引き起こさせているくらいですから。
本作品の読みどころ②
最後まで翻弄される捜査陣
多くの作品の場合、
探偵もしくは捜査陣が、
途中である程度追い詰めながら
取り逃がすという、
一進一退を繰り返すのですが、
本作品は
ことごとく怪人にやられています。
犯罪を食い止めることが
できないどころか、
正体さえ掴めないまま
終盤を迎えるのです。
本作品の読みどころ③
読者に謎解きさせるサービス設計
実はこれは、
その正体を読者に推理させるという、
横溝ならではのサービス精神の発露と
考えられます。
本作品の掲載は1959年の
学習雑誌「中一コース」。
読み手の中学生たちは、
こぞって犯人が誰であるかを
騒ぎ立てたのではないかと
想像できます。
それにしても中学生向けの学習雑誌で
連続殺人を繰り広げる
殺人鬼のストーリーとは、
何とも寛容な時代だったのでしょう。
途中からほとんど
正体がわかってしまうのは
ご愛敬といえましょう。
また、角川文庫収録の際は、
杉本一文画伯の素敵な装丁画が
付されているのですが、
さりげなくネタバレをするという、
画伯特有の遊び心も表れていて
見応えがあります。
「まぼろしの怪人」同様に、
過去の作品のトリックや設定が
随所に使い回しされていて、
そちらも十分に楽しめます。
横溝ジュヴナイル、
この年になって読み返しても、
やはり面白さ抜群です。
(2021.12.19)
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