「明治探偵冒険小説集3 押川春浪集」(押川春浪)

押川の前に押川なし、押川の後に押川なし

「明治探偵冒険小説集3 押川春浪集」
(押川春浪)ちくま文

アラビアの都に住む
貧乏人の蘭平は、
富豪の邸宅の前で
悪態をついたところ、
家人から呼び止められ、
家の中に案内される。
広間は大饗応の真っ最中であり、
蘭平はそこで招待客とともに
航海王船乗伯爵の
冒険譚を聴くことになった…。
「魔島の奇蹟」

ちくま文庫刊「明治探偵冒険小説集」の
第3巻は押川春浪です。
第1巻の黒岩涙香
西洋小説の翻案で隆盛を極めました。
第2巻の快楽亭ブラック
西洋小説を講談で語り、
それを口述速記の方法で
作品として発表しました。
押川春浪も翻案を手がけていました。
「魔島の奇蹟」は
「船乗りシンドバードの冒険」の
翻案なのですが、
後半部の筋書きも改変しまくっていて、
翻案の範疇を遙かに超えてほぼ
オリジナル作品となっているのです。

寂れた古塔・白雲塔の
眺望台に佇む美女・楓姫。
彼女は意地悪い
富豪・銀山王の娘・緑姫に
婚約者・羽衣男爵を籠絡され、
悲嘆に暮れていたのだ。
銀山王の催した舞踏会で
屈辱を受けた楓姫は、
財産を叔父に譲り渡し、
流浪の旅に出る…。
「銀山王」

このオリジナル作品の方が
好評を博したという点が、
黒岩涙香や快楽亭ブラックと
異なるところでしょう。明治の
エンターテインメント作家にあって、
自ら創造した作品で売り込みをかけた
一番手が、この押川春浪だったのです。

富家の御曹司にして無銭無家の
蛮勇快男児・団金東次は、
如意棒片手に
世界武者修行に出る。
彼はその道すがら、
弱きを助け強きを挫く。
彼は米国人に親を殺され
財産を奪われたという
娘と出会い、
その仇討ちのために
大陸へと渡る…。
「世界武者修行」

押川春浪の作品の特徴は、
徹底したエンターテインメント性に
あるといえるでしょう。
大ヒット作「海底軍艦」
SFスペクタクルです。
日本海軍が秘密裏に開発した
海底軍艦(潜水艦ではない)が、
海賊船を蹴散らし、
日本の守護神として
位置づけられる設定は、
令和の今読んでも、
胸がすく思いがします。
この延長線上に昭和のTVアニメ
「宇宙戦艦ヤマト」があったのだと
確信できます。

また、本書収録の「世界武者修行」の
ヒーローなどは、そのまま
漫画の主人公になりそうです
(イメージとしては「北斗の拳」ですが)。

残念なことに、
明治の文壇(というより世間)では、
押川の作品はおそらくは
サブ・カルチャーとしてしか
見られていなかったのではないかと
思われます。
漱石をはじめとする文豪たちが
正当な「文化」の担い手として君臨し、
その一方で、押川春浪の路線を継承し、
拡大する人物は表れませんでした。
それを引き継ぐのは昭和、それも
戦後の高度経済成長期を過ぎた時代に
現れた「漫画文化」だったのでしょう。

そう考えると、
押川春浪の前にも後にも、
国産エンターテインメント
文学作家というものは
存在しなかったとも言い切れるのです。
まさに、押川の前に押川なし、
押川の後に押川なし、なのです。

さて、本書も絶版状態である今、
押川作品を紙媒体で読むとすれば
古書をあたるしかなくなりました。
押川春浪の再評価が進み、
押川春浪全集が
再編纂されることを期待します。

(2021.12.20)

akbaranifsoloによるPixabayからの画像

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