その奥にも深く深く森は広がっていました
「明治探偵冒険小説集4
傑作短篇集 露伴から谷崎まで」
ちくま文庫
「秘密 谷崎潤一郎」
女装癖をもつ男が、
かつて関係を持っていた
女と出会い、再び接触を図る。
関係を再開する条件は
「秘密」を守ることだった。
男は毎夜目隠しをされ、
逢い引きの場所へ到達する。
ある日、男はどうしても
女の正体を知りたいと思い…。
「明治探偵冒険小説集」第4巻は、
特定の作家の作品を
集めたものではなく、
9人の作家の短篇集となっています。
その名も「露伴から谷崎まで」。
明治の文豪たちがこっそりと探偵小説も
書いていたのは知られています。
例えば谷崎潤一郎。
「途上」からはじまり、
いくつか書き残しています。
特に有名なのは
本書収録「秘密」でしょう。
本書以外にもいくつかのアンソロジーに
収録されている谷崎の代表作です。
しかし、幸田露伴や国木田独歩も
探偵小説を書いていたとは
知りませんでした。
「あやしやな 幸田露伴」
若い妻を持っていたぱあどるふが
謎の死を遂げる。
その死に不審を感じた
探偵だんきゃんは
警察署長のぶらいとに進言、
捜査が開始される。
毒による中毒死が
確実視される中、
医師ぐれんどわあの
処方した薬からは
毒は検出されず…。
「少年の悲哀 国木田独歩」
ある夜「僕」は、家の下男の
徳二郎に誘われるまま、
瀬戸内海の入り江にある家に
連れられていく。
そこで「僕」は、
まもなく朝鮮へ渡るという
若い女と出会う。
生き別れた弟が
「僕」に似ているというその女は、
やがて大泣きを始める…。
全9篇のうち、
私が名前を知っているのは、
この谷崎・露伴・独歩まででした。
残り6篇はまったく知りませんでした。
丸亭素人・滝沢素水・三津木春影、
いったい何者?
「化物屋敷 丸亭素人」
「予」は倫敦郊外の
池尻という片田舎に
風色眺望素晴らしく
邸内広く庭もまた広いという
格安物件を見つけ、
一家をあげて移り住んだ。
だが妻は、「何だかこの家は
薄気味が悪い」という。
ある夜、妻は
階段を上がってくる
足音を聞き…。
「難破船の怪 滝沢素水」
「どんな大きな船でも、
難船崎の丁度三哩沖に
差しかかったが最後、
そこに何百年の昔から
渦を巻いて流れている
不思議な潮流に呑まれて、
海の藻屑と消えてしまう」。
避暑先でその噂話を聞いた
剛少年は、
夜にそっと家を抜け出し…。
「汽車中の殺人 三津木春影」
松本行き列車の二等室中で、
一人の女性が殺害される。
発見時、
室内は被害者一人であった。
直前まで同乗していた
若い画家と、
現場から逃げ去った不審な男が
捕縛される。
両者の持ち物には
血痕が付いていた。
しかし呉田博士は…。
この3人までは調べてみると
それなりに情報が検索できます。
素性は明らかです。
しかし、残り3篇はなかなかに
手強い面子が揃っていました。
梅の家かほるは生没年不詳、
そもそもこのペンネームは何?
落語家?
姫山(きざん)もまた生没年不詳、
こちらは力士?
いやいや、
ここまではまだいいのですが、
「名人藤九郎」に至っては(作者不詳)。
誰が書いたかすらわからないのです。
この作者の正体が不明な三作品が、
これまた面白いのです。
「弁護美人 梅の家かほる」
雪太郎との結婚を
翌日に控えた春枝は、
新聞を見て驚く。
朋友の光次郎が
殺人の疑いで逮捕され、
明日公判を迎えるというのだ。
実は春枝と光次郎は、
事件のその夜、
駆け落ちの道すがら、
殺害されたその婦人に
出会っていたのだ…。
「指の秘密 姫山」
寒さに震えて泣いていた
迷子の少女を、
「自分」は保護する。
翌日の午後、
ようやく少女の家を探しだし、
無事家族の元へ送り届ける。
お礼として
家族の歓待を受けるが、
どうも様子がおかしい。
寝室へと通された「自分」は
そこで…。
「名人藤九郎 作者不詳」
江戸の町に
名刀ばかりを盗む盗賊が現れる。
時には掏摸のように奪い、
時には相手を
斬り捨てさえするが、
その正体は不明だった。
ある晩、新吉は、
自分を破門にした師匠・
名人藤九郎が、
夜更けに家を忍び出るところを
目撃するが…。
本の森は奥が深いのです。
その奥地に見つけた
「明治エンターテインメント文学」という
木立の、その奥にも
深く深く森は広がっていました。
これより奥を探るとすれば、
古書をあたるか、
国会デジタル図書館の、
判別困難な電子書籍を
読み解くかしかありません。
人生まだ長いのですから、
もっと奥まで
歩いてみたいと思っています。
(2021.12.21)
【今日のさらにお薦め3作品】
【明治探偵冒険小説集】
【本書収録の正体不明作家の本】
丸亭素人・三津木春影
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