壮大なスペース・オペラを読み終えたような充足感
「カシオペヤの女」(今日泊亜蘭)
(「最終戦争/空族館」)ちくま文庫

ただの女友達だったはずの
麻知子。急すぎる彼女の死は、
肉親も過去の記憶も持たない
「私」に、大きな衝撃を与える。
葬儀に参列した「私」は、
彼女が自分にとっての
何であったか深く考える。
そのとき、
折からの雷鳴が私を包み…。
明治生まれのSF作家・今日泊亜蘭。
先行していた海外SFの業績を踏まえて
進化発展させたSFという意味では、
この今日泊が嚆矢となるはずです。
本作品も1964年に発表された、
革新性の高い作品です。
【主要登場人物】
「私」(EK六一八三号)
…孤児院で育ち、過去の記憶がない。
永井麻知子(BS五九九四号)
…「私」に好意を寄せる。
カシオペヤ座に惹かれる。
本作品の味わいどころ①
突然の場面転換、突拍子もない真実
全体は三部構成であり、
一部は麻知子の葬儀での
「私」の回想が描かれています。
明らかに自分に
好意を寄せている麻知子を
受け止めることができなかったのは、
自身に肉親も過去も欠落していることが
負い目となっていたからであることが
綴られていきます。
そして「私」が雷鳴に打たれたところで
一部は幕を閉じるのです。
その後の場面転換が衝撃的です。
舞台は遠く離れた
別の銀河宇宙での星間国家。
文明調査官EK六一八三号が、
文明の遅れた未開拓の惑星・地球に
派遣されることが語られるのです。
突然の場面転換に驚かされるのですが、
読み進めていくと
「私」=EK六一八三号であることが
わかってくるのです。
本作品の味わいどころ②
次々に現れるSFの醍醐味
遠い宇宙と地球の間を
往還するとすれば、
ワープ航法を備えた宇宙船と
相場が決まっているのですが、
本作品は異なります。
「比較を絶した距離であるがゆえに、
空間の歪みをすべる滑走法も、
それを人為反転する転位法も
実用にはならない」。
こうしたわかるようなわからないような
言葉を並べて
超科学を匂い立たせることが
SFの醍醐味なのです。そのため
「代生法:すなわち
君の精神だけがゆき、
先方の生活形態のなかで
再生復活される方法が
とられるしかないのだ」。
本作品の味わいどころ③
静かに語られる喪失と再生
そして三部で、
「私」の意識が覚醒します。
雷の直撃によって精神が再生し、
自らの存在の
すべてを思い出した「私」は、
失ったものの大きさに驚愕するのです。
それについてはぜひ
読んで確かめてください。
特筆すべきは、単なるSF、
単なるメロドラマで終わることなく、
人間の死生観にも言及し、
筋書きにさらなる深みが
与えられていることです。
「私は思う:なぜ地球人たちの
宗教と哲学が、
どれも符節を合したように、
この世を一時の仮の宿と見、
自分たちやその祖先の神とは
空からやってきたと考え、
天上をいつか帰る故郷と云うか」。
わずか28頁の短篇でありながら、
壮大なスペース・オペラを
読み終えたような充足感があります。
こんな素晴らしい作品が、
今から50年以上も前に
書かれていたとは驚きです。
今日泊亜蘭の先駆的古典SFの世界を
味わってみませんか。
(2022.1.5)

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