「輝く日の宮」(丸谷才一)

ミステリであるとともに暗号文、これこそ大人の文学

「輝く日の宮」(丸谷才一)講談社文庫

「源氏物語」には
「輝く日の宮」と題す帖が
存在していた。
国文学者・安佐子は
そう考えていた。
あるシンポジウムで
他の源氏研究者と
論争になったことをきっかけに、
安佐子は失われた「輝く日の宮」を
復元する作業を依頼されるが…。

「輝く日の宮」とは、
かつて存在していたものの、
何かの事情で失われてしまった
「源氏物語」の幻の帖の巻名であり、
第一帖「桐壺」と第二帖「帚木」の
間を繋ぐミッシングリンクとも
いわれています。そこには
「源氏と藤壺が初めて関係した場面」
「源氏と六条御息所のなれそめ」が
少なくとも書かれているはずであると
されています
(そうでなければ「帚木」以降の
不自然さを解消できない)。
本作品は、その幻の帖を探すという
一種のミステリともいえるのです。

しかし、いつものように
冒頭に掲げた粗筋は、
本作品の紹介においては
何の意味も持ちません。
確かに筋書の要旨は上記の通りです。
ところが筋書きという「骨格」に
肉付けされたものが、
通常の小説とは異なるのです。
発端を語るのに変えて、
鏡花のパスティーシュ風に仕上げた
安佐子の創作を、
幻の帖の背景を綴るかわりに、
シンポジウムでの安佐子の論争を
(作者・丸谷才一の文学論を盛り込んだ)
ライブ形式で、
幻の帖が抹消される経緯を
物語るのではなく、
安佐子と恋人・長良との関係
(紫式部と道長の関係と思われる)に
暗示させる形で織り込み、
470頁という超大作を
編み上げているのです。

したがって、本作品は
きわめて異質な構成となっています。
冒頭の「0」を含めると
8章立ての形式は、以下の通りです。
「0」
主人公・安佐子の書いた鏡花風の創作・
少女が死地に向かうと思われる
革命青年と最後の面会を果たせず、
その霊魂と邂逅する
「1」
安佐子と父親との文学談義・
紫式部とその父・為時を
模していると思われる
「2」
元禄文学学会でのやりとり・
奥の細道文学論披露会議の実況中継風
「3」
恋人・長良との出会いと
再び父親との文学談義・
源氏物語に関わる問題提起
「4」
シンポジウム「日本の幽霊」・
ライブ中継脚本風・
「輝く日の宮」の帖の存在に関わる論争
「5」
長良の社長就任と安佐子との関係・
安佐子は脇に寄せられる形
「6」
「輝く日の宮」存在と削除に関わる
安佐子の論証と
紫式部と道長の
会話のインスピレーション
「7」
おそらくは安佐子の書いたであろう
「輝く日の宮」の一部

輝く日の宮」の帖については、
不存在説も根強く、
また存在説であってもその理由を
「早い段階での
オリジナルの散逸・喪失」と
考える学者も多いようです。
丸谷はそれを
「道真による意図的一方的な削除」と
推理しています。
おそらくはその説明を、
論文形式ではなく、
一般人も納得できる形で書き表すため、
このような形をとったのではないかと
考えられます。
小説としてはきわめて異質ですが、
作家としては(学者としてではなく)
この形以外に表現する方法が
なかったのかもしれません。
奇を衒ったのではなく、
すべては必然だったと思うのです。

それにしても難解です。
文章が難しいのではありません
(面白さのあまり一気に
読むことができましたから)。
それぞれが何を暗喩しているのかが
はっきりとつかめないのです。
特に「0」。
巻末の解説では、この短い章こそが
「輝く日の宮」が削除された理由を
表しているとのことですが、
何のことやらさっぱりわかりません。
作中の真佐子はおそらく
安佐子のことでしょうが、
その恋人たる青年は「輝く日の宮」の帖?
それとも?

浅い読み方では
書かれてある表面だけしか
理解できません。
二度三度と読んで始めて、
作者の意図がわかってくるものと
思われます。
本作品は「輝く日の宮」の
行方を探るミステリでありながら、
同時に、作者が書き連ねた文章から
その意味を解きほぐす
暗号文でもあるのです。
これこそ大人の文学といえるでしょう。

(2022.1.10)

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