冒頭の書き出し部分がかなりの点で酷似
「南海の太陽児」(横溝正史)
(「横溝正史少年小説コレクション
⑦南海囚人塔」)柏書房
「迷宮の扉」(横溝正史)
(「横溝正史少年小説コレクション
②迷宮の扉」)柏書房
三浦半島の岬にたつ
奇妙な建物・龍神館。
主は東海林龍太郎という
十八歳の青年だった。
ある嵐の晩、
龍神館を訪れた男は、
何者かに銃で撃たれて絶命する。
その男は、十七年前に
龍太郎に宛てて書かれた
父親からの手紙を
携えていた…。
「南海の太陽児」
三浦半島先端部にたつ
奇妙な建物・竜神館。
主は東海林日奈児という
十四歳の少年だった。
日奈児の誕生日の夜、
竜神館を訪れた使者は、
何者かに銃で撃たれて絶命する。
使者は真っ二つに切断された
ジャックのカードを
持っていた…。
「迷宮の扉」
午前に投稿した記事で取り上げた
「南海の太陽児」(1941年)。
冒頭部分の「龍神館」という名称、
どこかで聞いたことがあると
思っていたのですが、
同じ横溝正史のジュヴナイル
「迷宮の扉」(1958年)にもありました。
よくよく見ると、
冒頭の書き出し部分がかなりの点で
酷似しています。
屋敷名は「龍神館」と「竜神館」。
その外見は共通して「奇妙」。
立地場所は「三浦半島」の岬。
館主の龍太郎青年・日奈児少年の
名字は「東海林」。
それぞれの後見人の名は「降矢木」。
「嵐の夜」に「謎の男」が訪問するものの
何者かに「射殺」されます。
冒頭部に共通性が高いものの、
その後の展開はまったく異なります。
「南海の太陽児」が
冒険SFであるのに対し、
「迷宮の扉」はジュヴナイルながら
本格探偵小説(なんと金田一耕助登場!)
となっているのです。
こうした設定やトリック等の流用、
あるいは作品自体の
ヴァージョンアップは、
多作家だった横溝の場合、
いくつもの例があります。
ジュヴナイルだけでも
「深夜の魔術師」→「真珠塔」、
「皇帝の燭台」→「黄金の指紋」、
「黒衣の道化師」→「怪盗X・Y・Z」と
確認することができます。
思うに、横溝は「南海の太陽児」に
満足していなかったのではないかと
思われます。
「南海の太陽児」執筆当時は時局ゆえ
探偵小説は御法度でした。
書きたいことは
山ほどあったのでしょうが、
それを押しとどめて
戦争プロパガンダ臭の漂う
冒険SFの形にせざるを
得なかったのだと推察できます。
戦後、探偵小説が復活し、自身の
金田一耕助シリーズも軌道に乗り、
満を持して改作を断行、
本格探偵ジュヴナイルへと
昇華させたのでしょう。
冒頭部の酷似だけではありません。
日姫月姫姉妹をめぐる権力争いは、
日奈児月奈児の兄弟をめぐる
遺産相続へと受け継がれました。
東海林龍太郎という名前は、
日奈児月奈児兄弟の
父親の名前となっています。
「迷宮の扉」は、
明らかに「南海の太陽児」を顴骨堕胎して
新たな命が吹き込まれた
傑作ジュヴナイルだったのです。
(2022.1.14)
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