「刺青・秘密」(谷崎潤一郎)

谷崎の作品世界の起点として

「刺青・秘密」(谷崎潤一郎)新潮文庫

「刺青」
刺青師清吉は、
美しい女の肌に自分の魂を
彫り込むことを念願としていた。
ある日、清吉は
五年前に見つけた
美しい脚の女と再び巡り会う。
女を言葉巧みに誘い、
薬で眠らせ、
清吉はついに女の背中に
見事な女郎蜘蛛を彫りつける…。

谷崎潤一郎
同年代の作家たちの中では
とりわけ執筆期間が長く、
その中で作風や題材、文体や表現が、
大きく変遷していきました。
後年の円熟味を増した作品群を含め、
谷崎文学の原点が、
本短篇集には集められています。

例えば処女作「刺青」。
明治四十三年に発表された
文学作品の中で、
ひときわ異彩を放っています。
エロス・マゾヒズム・フェティシズムが
充溢しています。
「富美子の足」「鍵」「瘋癲老人日記」等に
代表される谷崎作品の耽美な世界を、
色濃く先取りしています。

「少年」
「私」とガキ大将の仙吉は、
西洋屋敷に住む信一、そして
その姉・光子と仲良しになる。
「私」と仙吉・信一の三人は
一緒になって、
光子をいじめ抜いていた。
ある夜、「私」は光子に誘われ、
離れの秘密の部屋へと
忍び込んだ。そこには…。

「少年」は危ない世界です。
光子に誘われて
「私」が忍び込んだ部屋に
待ち受けていたのは、
裸で手足を縛られ、
光子から蝋燭を垂らされている
仙吉の姿だったのですから。
こうした恐るべき子どもの姿の描写は
「小さな王国」等に結実していきます。

「幇間」
もとは兜町の相場師・三平は、
放蕩三昧の末、
太鼓持ちの弟子入りをして、
とうとう幇間となる。
彼はめきめきと贔屓をこしらえ、
やがてその業界でも
指折りの存在となる。
ある日、三平が
芸者・梅に惚れていることを
知った周囲は…。

「幇間」は
女にかしずく男を描いています。
谷崎の生き方そのものが
反映されているといえるでしょう。
この作品の先に
「痴人の愛」「春琴抄」「盲目物語」
あるのでしょう。

「秘密」
女装癖をもつ男が、かつて
関係を持っていた女と出会い、
再び接触を図る。
関係を再開する条件は
「秘密」を守ることだった。
男は毎夜目隠しをされ、
逢い引きの場所へ到達する。
ある日、男はどうしても
女の正体を知りたいと思い…。

「秘密」は何やら
犯罪小説の香りの漂う作品です。
いくつものアンソロジーに
収録されている、
「刺青」と並ぶ谷崎の初期の傑作です。
残念なことに谷崎は初期の段階で
犯罪小説を卒業してしまいました。
それを継承したのは
おそらく江戸川乱歩だったのでしょう。

「異端者の悲しみ」
それから、
章三郎は或る短篇の創作を
文壇に発表した。
彼の書く物は、
当時世間に流行して居る
自然主義の小説とは、
全く傾向を異にして居た。
それは彼の頭に醱酵する
怪しい悪夢を材料とした、
甘美にして
芳烈なる芸術であった…。

谷崎が自身をモデルにして描いた
「異端者の悲しみ」。
自らの悪徳を躊躇せず開陳する
創作姿勢は、
「狂気」に近いものを感じます。
谷崎がこうした「自画像」を
原稿用紙上に描く試みは本作以前に
「神童」「詩人の別れ」等に
おいてもなされ、その後の作品にも
自身を幾たびも
登場人物に投影させています。

「二人の稚児」
千手丸と瑠璃光丸は、
物心つく以前に
比叡山に預けられ、
仏門の修行に励んでいた。
年頃になった千手丸は、
菩薩の容姿を持つという
女人の煩悩に苦しみ、
ついに山を下りる決心をする。
半年後、千手丸の手紙が
瑠璃光丸に届くが…。

「二人の稚児」は何ともいえない
幻想的な美しさを持つ作品です。
「ハッサン・カンの妖術」をはじめ、
初期作品に多く見られます。

「母を恋ふる記
月夜の街道を歩いていた「私」は
家灯りを見つける。
そこで炊事をしていた女性を、
「私」は自分の母親に違いないと
確信するるが、
それは人違いであった。
なおも街道を歩き続ける
「私」の前に、
今度は一人の若い女性が
浮かび上がる…。

谷崎の得意分野の一つ「母恋もの」。
単なる母親への愛情としてではなく、
谷崎にとっては「崇拝すべき女性の
代表格としての存在」なのでしょう。
「少将滋幹の母」等と
通じるものがあります。

本書に収録されている作品を起点として
谷崎の文学世界が広がっているのです。
本作品集はいわば
「谷崎潤一郎入門」として
機能する一冊です。
これまで谷崎作品を読んでいない方に
お薦めしたい一冊です。

(2022.1.31)

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