まるで森鷗外の文章を読んでいるかのような
「幽霊島」(押川春浪)
(「少年小説大系第2巻押川春浪集」)
三一書房
香港行きの汽船に
乗り込んだ「予」は、船内で
親密になった少年・エリスが、
何か秘密を
隠していることに気づく。
ある夜、「予」が問いただすと、
エリスは一通の書面を取り出す。
それはなんと財宝の在処を示した
海賊の暗号文だった…。
明治のエンターテインメント作家・
押川春浪。
その魅力にはまってしまったのは
いいのですが、
ここまで取り上げた作品以外のものを
読むとすれば、あとは
古書を探すしかありませんでした。
今回入手したのは
三一書房から1987年に出版された
「少年小説大系第2巻」。
「海底軍艦」を含む
11作品が収録されていました。
「幽霊塔」というタイトル、
そして沈みゆく船の中で
海賊が記したという暗号文。
押川春浪のめくるめく冒険の世界が
始まる…かと思えば始まりません。
それどころか暗号文を解く場面すら
設けられていません。
暗号文をめぐって暗躍するスパイも
登場しなければ、
謎の美女も現れないのです。
香港行き汽船・新月丸での
「予」とエリスの出会いと交歓、
そして香港到着による別れ、
最後はその三年後に届いた
エリスからの成功報告が
綴られているだけなのです。
本作品の味わいどころ①
「予」とエリスの交歓
ここで描かれているのは
冒険譚でも財宝物語でもなく、
ただ単純に「予」とエリスの交流であり、
友情物語なのです。
なんと登場人物は
「予」とエリスの二人のみです。
世界漫遊の旅に出て
自身の精神世界を広げることに
成功した「予」、
そして海洋国である母国・西班牙の
凋落ぶりに心を痛め、なんとかして
海賊の隠し財産を見つけ出し、
軍艦建造費として寄贈しようとする
健気な少年エリス(なんと17歳!)。
この二人の魅力ある人物像と
その交歓を味わうのが
本作品の正しい読み方です。
本作品の味わいどころ②
暗号の「意味」ではなく「意義」を解く
海賊の残した暗号文は
「幽霊島の南の海岸、
夜啼石より矢を射りて、
電光星の方角、
その矢の落つる海底にあり」。
これだけであり、
地図も何もないのです。
エリス少年は、これを海賊仲間だけに
理解できる伝令文と読み解きます。
そして政府に届け出れば、
情報は即座に漏れ、
財宝は海賊たちの手に渡る、
ならば世間には秘し、
自らの手で財宝を見つけ出す、
そのためには香港で海賊団に入り、
「幽霊島」「夜啼石」「電光星」を
意味するものを解明する、そうした
悲愴な覚悟を固めているのです。
暗号文の「意味」ではなく
「意義」の解明を味わうのが
本作品の正しい読み方です。
本作品の味わいどころ③
格調高い文語体
本作品の発表は明治34年(1901年)。
夏目漱石の第一作「吾輩は猫である」より
4年も前なのです。
当然文語体です。
慣れないと読みにくいのですが、
文語体特有の格調の高さが
本作品の魅力となっています。
「舷梯を伝うて、
今しも甲板上に現われ来りしは、
実に一個の少年なりき、
頃は五月の初旬といえど、
此辺の気候は夕凪なお肌(はだえ)に
寒く覚ゆるに、
本船に乗遅れまじと
気を急がせし彼は、
甲板に達すると共に
ほっと一息して、
流るる前額の汗を拭うたり」。
まるで森鷗外の文章を
読んでいるかのようです。
「海底軍艦」に次ぐ第二作目ですので、
試行錯誤があったのでしょう。
「海底軍艦」で試みたハチャメチャな
SFジュヴナイル的作品ではなく、
大人がしみじみと味わうことを
想定して書いたかのような
重厚さがあります。
押川作品の復刊など、
もはや望むべくもないのかも
しれません。しかし、
こうした作品が埋もれたままに
なってしまうのは、
返す返すも残念でなりません。
青空文庫での登場を
待ちたいと思います。
※青空文庫の登場を待つくらいなら、
いっそ自分でデジタル化を
してしまおうと、
考えてはみたのですが、
膨大な時間が必要となることを
考えると踏み切れません。
退職後の課題としたいと思います。
※本書収録作品一覧
「海底軍艦」
「幽霊島」
「塔中の怪」
「空中大飛行艇」
「続空中大飛行艇」
「黄金の腕輪」
「人外魔境」
「幽霊小家」
「怪人鉄塔」
「樹上の侠士と美人」
「頑強壮漢」
(2022.2.14)
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