より一層、草壁皇子の悲哀に接近できる
「丹生都比売(原生林版)」(梨木香歩)
出版工房原生林
おじいさまは殺された、
おとうさまに。
おかあさまはお可哀いそう。
誰の咎か。
誰がこの責めを負うのか。
…過ったものなどいない。
誰も過たなかった。
おとうさまも
おつらかったことであろう。
だがどうにも
ならぬことであった…。
母の願いの成就のため、
自らの命の灯が消える瞬間を
喜んで迎えた草壁皇子。
その深い孤独と悲しみを湛えた
「丹生都比売」(梨木香歩)を
以前取り上げましたが、
それは2014年に改稿されて
再出版されたものです。
その原形版が
原生林から刊行された本書です。
ではどんな改稿がなされたか?
全体的に文章が加除訂正され、より一層
洗練された日本語となっています。
つぶさに見ていくと、
かなり多くの箇所に
手が加えられていることがわかります。
しかしもっとも大きな改訂は、
本書P.138~160の第四節が
丸々削除されていることでしょう。
この第四節は、作者が新潮社版の
あとがきで述べているように、
「単行本にしていただくことになり、
急遽母親の持統天皇のモノローグの
ような章を書き足した」ものであり、
それゆえ「それがはたして小説として
よりよいかたちであったのか」、
作者自身も
気にかけていたものなのです。
それまでの草壁皇子視点から、
その第四節だけが母・鵜野讃良皇女
(うののさららのひめみこ・
後の持統天皇)の視点になっていて、
確かに「付け足された感」が否めません。
削除した方が物語の流れとしては
すっきりしています。
また、母皇女が
本当に皇子を毒殺したのか、
それとも皇子の妄想だったのか、
どちらともとれるような形となり、
文学作品としては
一つ昇華したような印象を受けます。
しかしながらこの第四節は、
母皇女の回想場面となっていて、
「皇女とその祖母や姉との確執の夢」、
そして「父が祖父を殺害した苦しみ」が
描かれています。
母皇女の見た「祖母や姉から
化物のように恐れられた夢」は、
幼い日に弟・建皇子を、
そして姉妹で大海人皇子に嫁いだ後に
姉・大田皇女を、
それぞれ毒殺したことを
示唆しています。
また、父が祖父を殺した件
(おそらくは父・天智天皇が
母方の祖父・蘇我倉山田石川麻呂を
自害に追い込んだ史実)は、
皇女の一連の近親殺害の
動機付けともなっています。
こうした皇女の鬼気迫る心情や、
その歴史的背景を
提示されることにより、
読み手はより一層、
母皇女に殺害された草壁皇子の悲哀に
接近できると思うのです。
一つの作品に新版・旧版あるならば、
両方味わうのが読書の楽しみです。
文庫化されていない「丹生都比売」、
原生林と新潮社の
2社の単行本で愉しみましょう。
(2022.2.23)
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