改作における横溝の思考過程を読み取れる作品
「支那扇の女(原形版)」(横溝正史)
(「金田一耕助の帰還」)光文社文庫
成城の住宅街で起きた
二重殺人事件。現場から
半狂乱で逃げ出した女は、
自殺を図るが警官に止められる。
その女・美奈子と、
夫である朝井照三は、
それぞれの大伯母・大伯父が、
事件の加害者・被害者であると
いう因縁を抱えていた…。
前回取り上げた
横溝正史の「支那扇の女」は
1960年に発表されたものなのですが、
1957年に短篇作品として
雑誌掲載されたものを
大幅に加筆し完成させたものなのです。
その原形版が本作品となります。
わずか40数頁ですので、
完成版は約4倍の分量に
大幅増量されたことになります。
こうなるともう別作品です。
実際、事件の真相や真犯人など、
原形版と完成版とは
まったく異なります。
【主要登場人物】
八木克子
…故人。「支那扇の女」のモデル。
姑・小姑毒殺未遂で逮捕され、獄死。
八木冬彦
…故人。妻・克子を告発。
朝井照三
…作家。冬彦は大伯父にあたる。
朝井美奈子
…照三の妻。克子は大伯母にあたる。
藤本恒子
…照三の先妻の母。殺害される。
朝井由紀子
…照三と先妻との子。
武田君子
…朝井家の女中。殺害される。
等々力警部…警視庁警部。
金田一耕助…私立探偵。
実は肖像画「支那扇の女」に記されていた
「八木子爵夫人の肖像」という
文言をめぐって
金田一が偽作であることを見抜いて
事件が解決してしまうという
あっさりしたものなのです。
そしてその推理は、完成版での
所轄署刑事たちのものなのです。
おそらく横溝は、
本作品を雑誌掲載したあと、
斬新な設定の割に
短篇で終わらせたことを
もったいないと感じたのでしょう。
確かに本作品を読むかぎり、
朝井夫妻とそれぞれの
大叔母・大叔父との「因縁」が、
消化不良のまま終わった感があります。
また、夢遊病癖のある妻への
罪のなすりつけという設定自体も
安直とも感じられます。
金田一がわざわざ出向くまでもないと
判断したのでしょう、
事件をもう一ひねり二ひねりさせ、
当初の推理を刑事たちにさせておいて
金田一にさらにその上を読ませる、
さらには偽作であることの発見も
新しい登場人物・八木夏彦に与え、
それをもとに金田一が
高度な推理を試みる。
それが横溝の改作における思考過程と
推察できます。
原形版よりも
完成版の方が優れているのは当然です。
しかしだからといって原形版に
価値がないわけではありません。
ファンならば誰しも
原形作品自体を読みたいと思う上に、
そこから作家の創作の道筋が
読み取れるのですから。
さて、本作品には
さらに原形作品があります。
そちらも後日読んで、
取り上げたいと思います。
(2022.2.25)
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