いかにも怪しい登場人物、しかし…
「洞の中の女」(横溝正史)
(「金田一耕助の冒険」)角川文庫
世田谷の一軒家を買い入れた
作家・根岸の娘は、
庭の木の洞を埋めた
セメントの表面から
一本の毛髪が伸びていることに
気づく。
不吉な思いがよぎった彼は、
すぐさまセメントを
掘り起こさせる。
そこからは全裸の女の死体が
発見され…。
金田一耕助の短篇もの11篇を集めた
横溝正史の「金田一耕助の冒険」。
表題はすべて「○の中の女」で
統一されています。本作品は、
女の変死体が木の洞から
発見されるという事件が起きています。
したがってタイトルが「洞の中の女」。
さて犯人は一体?
【事件簿File-049「洞の中の女」】
〔事件発生〕
昭和32年3月(東京)
〔依頼人〕
該当なし(警察への捜査協力)
〔捜査関係者〕
下山警部補…所轄署捜査主任。
等々力警部…警視庁警部。
〔事件関係者〕
根岸昌二
…作家。購入した家の木の洞から
死体が発見される。
根岸喜美子
…根岸の妻。
根岸和子
…根岸の娘。毛髪を発見する。
日疋隆介
…キャバレー経営者。
根岸の家の元持ち主。女癖が悪い。
日疋兼子
…日疋の前妻。心臓マヒで急死。
日疋珠子
…日疋の後妻。旧姓甲野。
岡沢ハルミ
…喜美子の友人。喜美子の家が日疋の
ものであったときにきたことがある。
山本田鶴子
…日疋のキャバレーの元ダンサー。
現在行方不明。
品川良太
…田鶴子と内縁関係にあった艶歌師。
益田源一
…根岸家の隣の寺の寺男。
高井啓三・千代子
…かつての財閥の幹部とその妻。
自宅の離れを人に貸している。
〔事件の概要〕
根岸家の敷地内のケヤキの木の洞から
女性の全裸死体が発見される。
死体は行方不明となっている
山本田鶴子のものらしい。
本作品の味わいどころ①
いかにも怪しい登場人物、でも…
殺人が起きたのは、
その家の元持ち主・日疋が
物件を売り払う前後と推定。
その日疋は
妻が病床に伏せっていながら、
自宅に女三人を連れ込み、
一晩ですべて乱暴するという
相当の凄腕かつ悪人。
乱暴された三人は、
現在日疋の妻に収まっている珠子、
遊びに来て死体発見に関わったハルミ、
そして死体の可能性の高い
山本田鶴子なのです。
しかも日疋は住宅の改築癖があり、
しょっちゅう自宅に手を入れたがる
性格ときています。
現実に殺人事件が起これば、
真っ先に容疑者として
警察に拘束されそうな人物像です。
でも、ミステリの定石として
怪しすぎる人物は悪人であっても
犯人ではないことが多いのですが、
本事件の場合はいったいどうなのか?
ミステリ特有の犯人さがしを、
まずはじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
迷宮入りかと思えた事件の行方は
半年経過してからの腐乱死体では、
死亡時期の正確な推定は不可能でした。
さらに全裸ということもあり、
被害者の特定も困難でした。
これでは物的証拠を得ることなど
できないのではないかと思っていると、
さすが金田一、
別方面から証拠を見つけます。
全裸死体であるが故に生じる
「証拠」を探しだし、
それを被害者特定・加害者特定に
つなげているのは、
作者・横溝の「技あり」の一本です。
迷宮入り必至の事件を解決する
金田一の手腕を、
次にしっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
長篇化できそうなミステリの要素
複雑な展開と多彩な登場人物を、
短い紙面に効果的に収め、
筋書きはテンポ良く進行していきます。
それらは短篇作品の枠の中に
収めておくには
もったいないものばかりです。
「一夜で同時に弄ばれた
三人の女」という設定は、
膨らませていけば長編小説として
成り立ちそうです。
三者三様の女たちの巧みな性格描写は、
それぞれの人物像を
さらに掘り下げていくことにより、
物語の奥行きが
一層広がることでしょう。
筋書きに深みを与えている
病死した前妻の存在も、
事件そのものと
何らかの形で絡ませれば、
かなりおどろおどろしい作品として、
バージョンアップできる
可能性を持っています。
改稿癖のある横溝です、
もう少し執筆の時間が許されていれば、
この作品などさらに素敵な
長編ミステリになったかもしれません。
横溝が本作品に盛り込んだ
ミステリの要素の数々を、
最後にたっぷりと味わいましょう。
このところ、
横溝の長編作品とその原形作品とを
比べ読みしているせいで、
短篇を読んでも
「もし長編化されていれば」という視点が
どうしても頭から離れません。
もっとも、
横溝ミステリは短篇であっても十分に
味わい深いものばかりなのですが。
一読を勧めたいのですが、
絶版状態が続いています。
本書こそ、
真っ先に復刊して欲しい一冊です。
(2022.3.4)
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(2024.11.6)
〔「金田一耕助の冒険」〕
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〔追記〕
2022年6月、
ついに本書が復刊となりました。
昭和51年に文庫初版が刊行された後、
昭和54年には二分冊、
それも杉本一文装丁ではなくなり、
大変残念な気持ちでいました。
復刊というよりは、今回40数年ぶりの
杉本一文装丁画の復活が
喜ばしいことです。
(2022.6.20)
〔横溝正史:金田一耕助の事件簿〕
〔横溝ミステリはいかがですか〕
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