「屋根裏の椅子」(林芙美子)

読むたびに想像する楽しみがつきません

「屋根裏の椅子」(林芙美子)
(「清貧の書・屋根裏の椅子」)
 講談社文芸文庫

煙草はサランボという奴を、
まるで飯のように四箱は噛む。
それにコニャックの大瓶を
二日で空にしてしまい、
胸も腹も焼けるように
苦しくなって、
出鱈目な雑音が、
煤っぽけた私の耳穴に
まるで大砲のように
鳴り響いて来るのだ…。

こんな自堕落な生活を
パリの空の下で送っている
「私」のモデルは、もちろん作者自身。
自らの半年間のパリ生活を素材とした
林芙美子の私小説です。
筋書きというほどのものはありません。
異国の空の下での窮乏生活と、
そこから生じる望郷の念を
書き表したものです。

連作、ではありませんが、
以前取り上げた
「清貧の書」から数年後の、
「私」の姿と考えていいと思います。
本作品のところどころに、
結婚後の「私」、つまりは
林自身の状況が綴られています。

「六年間、つたない文章によって、
 私は、貴方や、
 私の両親を見てきた」
ということが
書かれてあります。
林自身、パリ滞在の2年ほど前から
「放浪記」「風琴と魚の町」等がヒットし、
売れっ子作家となっていたのです。

「いい絵を描くという事は、
 いい生活しているという事では
 ありません。
 展覧会に通る事が
 いいのであるならば、
 今年ぐらいは
 馬力をかけられたほうが
 よろしいかとぞんじます。」

一方で、自由気ままに絵を描いている
夫に対して苦言も呈しているのです。

「恋人はまた、幸福にも
 私の作物も私の風説も
 読んでいないので、
 私をまるで子供あつかいに
 してしまって、
 世話を焼く事ばかりを考えていた。」

恋多き「私」は、異国でも
やっぱり恋をしていたのでした。

これは林自身に起こったことなのか、
私小説化にあたって
潤色したことなのか。
そしてこれを読んだ林の夫・緑敏は
何も言わなかったのか。
林の私小説と実生活が、
どこまで一致していて、
どこからが虚構なのか。

貧乏を愛し、酒と煙草を愛し、
旅を愛し、恋を愛した作家、
林芙美子。
それにしても、夫・緑敏は
そうとう寛容な人物であったのか、
それとも芸術に没頭するあまり
妻に関心が無かったか、
どうにもならないことと
あきらめていたのか。

林作品は、読むたびに
想像する楽しみがつきません。

※林のパリ生活については、
 「下駄で歩いた巴里」に
 詳しい記述が載っているそうです。
 買ってあるのですが、
 まだ読んでいません。

〔本書収録作品一覧〕
風琴と魚の町
耳輪のついた馬
清貧の書
屋根裏の椅子
小区
塵溜
牡蠣

(2022.3.29)

Daria ObymahaによるPixabayからの画像

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