「残月記」(小田雅久仁)

月が創り出す異世界に墜ち込んでいく主人公たち

「残月記」(小田雅久仁)双葉社

家族四人で訪れたレストランで、
まるで時間が止まったように
人々が凝固している。
大学教授・大槻が
遭遇した事態の間、月は回転し、
やがて裏面を向けて静止する。
再び動き始めた世界では、
別の人間が「大槻」として
存在していた…。
「そして月がふりかえる」

2022年本屋大賞第7位である
本作品を読了しました。
三つの中短篇の集合体なのですが、
それぞれ背筋が凍り付くような
ダークファンタジー的作品ばかりです。
三つの作品に
筋書き上の関連性はありませんが、
表題すべてに「月」がつくように、
「月」が創り出す異世界に、
それぞれの主人公が墜ち込んでいくのが
共通点といえるでしょうか。

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第一作「そして月がふりかえる」では、
人生の成功者となった
大学教授・大槻高志が、
自分ではないもう一人の「大槻高志」の
いる世界へと墜ち込みます。
そこでは顔形や趣味の
微妙に異なる「大槻高志」が、
彼の家族や地位・名声を持っていて、
彼自身はしがないタクシー運転手
「大槻高志」なのです。
すべてを失った
彼の行動もまた突飛でしたが、
結末にはさらに驚愕の事態が
待ち受けています。

亡くなった叔母・桂子の
形見として
「わたし」がもらったのは、
形が月夜の風景に見える
「月景石」だった。
それを枕の下に置いて眠ると、
月へ行く夢が
見られるのだという。
ただしそれは「悪夢」であると。
「わたし」はそれを試してみる…。
「月景石」

第二作も、何気ない日常から、
「わたし」は突如として
異世界へと放り込まれます。
第一作とは異なり、
その異世界は「月世界」。
「わたし」は胸に石を宿し、
その石の持つ特殊能力を
使うことのできる
「イシダキ」なる種族として、
過酷な運命を背負い込まされるのです。

近未来日本で流行した
月昴(げっこう)なる感染症。
それは満月期に精神も肉体も
異常に高揚するため、
被害防止を名目に、
発症者は強制隔離されていた。
青年・宇野冬芽もまた
発症者として連行されるが、
そこで意外な提案を受ける…。
「残月記」

第三作もまた
主人公が異世界へと墜ち込むのですが、
こちらはなんと
「異世界」から「異世界」への
墜ち込みです。
「元異世界」は近未来の日本なのですが、
全体主義独裁政権による恐怖政治、
月昂症なる感染症蔓延と
その隔離差別政策、
完全なるディストピアです。
しかし彼の墜ち込む「異世界」は、
彼の創り出した精神世界であり、
彼の魂は救済されます。

さて、第一作での
「別の自分のいる異世界」、
第二作での「特殊能力を持つ人間」、
「生命を司る世界樹」、
第三作での
「独裁者を満足させるための
命がけの格闘技戦」
「根治不可能のウイルス感染症と
強権的な隔離政策」等々、
作品を構成する素材を見たとき、
それらはきわめて漫画チックであり、
好き嫌いの分かれるところではないかと
思われます。
それでいながら本作品は、
読み手を引きつける
強烈な引力を持ち得ています。

その一つは、三つの作品世界の
規模の拡がりと配列です。
第一作が70頁、第二作が90頁、
第三作が200頁と、
分量とともに作品世界のスケールも
飛躍的に膨張していきます。
舞台も、日常と瓜二つである異世界の
第一作から始まり、
架空の近未来を描いた第三作へと、
次第に読み手を引きずり込む
巧妙な仕掛けがなされているのです。

もうひとつは、それぞれの作品での
「異世界への墜ち込み落差」です。
ほんの一瞬で世界が変わり、
その変化に
主人公が翻弄されるとともに、
読み手も同時に幻惑され、
主人公の不安を
共有することになるのです。
そうしたスリリングな展開に、
誰しもが頁をめくる手を止めることが
できなくなるはずです。

さらに一つは、
虚構世界に絶妙なリアル感を与える
作者・小田雅久仁の日本語の力です。
前作「本にだって雄と雌があります」では
軽妙洒脱な文章で
読み手を吸引しましたが、
本作品では逆に硬めの日本語で
堅牢な作品世界を造りあげ、
非現実の世界に
立体感既視感を与えるとともに、
登場人物たちに
現実的な息づかいを持たせることに
成功しているのです。

「本にだって雄と雌があります」を
取り上げた際、
作者・小田雅久仁について、
「この先の動向が気になる作家の一人」と
書きましたが、
やはりただ者ではありませんでした。
前作から待つこと九年の末に
発表された本作品、
読みごたえがあります。

(2022.4.25)

Susan CiprianoによるPixabayからの画像

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