結びの一文が素敵です。「おれ、およしとできた」。
「小さな橋で」(藤沢周平)
(「日本文学100年の名作第7巻」)
新潮文庫
「小さな橋で」(藤沢周平)
(「橋ものがたり」)新潮文庫
広次は姉を迎えに
行かなければならなかった。
それは姉が怖がりだからでも
身体が弱いからでもなかった。
姉が通い勤めしている
米屋の手代の重吉と
いい仲になっているので、
母親が心配してのことだった。
しかし姉のおりょうは…。
藤沢周平の時代物なのですが、
主役は子どもの広次です。
ところがなんとも大変な状況です。
父親は博打に手を出し、
店の金を使い込んで失踪、
姉は通っている店の手代で
妻子持ちの重吉と駆け落ち、
母親は飲み屋で働いているものの
酒に酔って帰ってくる。
そんな訳あり家族の中で、
唯一まともなのが
この十歳の広次なのです。
本作品は、この広次の健気な姿を
十分に味わうべき作品なのです。
広次は家の事情を理解し、
遊びたい盛りであるにもかかわらず、
自制し、家事を黙々とこなします。
仲間の朝吉が遊びの誘いに来ても、
ぐっとこらえて
炊事や掃除を行っているのです。
「やはり心が動くが、広次は我慢した」。
父親がいないために
母親も姉も働きに出ている、だから
自分が家事をしなければならないと
考えているのです。
広次は母親の言いつけを忠実に守り、
おりょうがまっすぐ家に帰るように
役目を果たします。
重吉がおりょうと
逢い引きの時間をつくるために、
広次を金で釣ろうとしても、
彼はそれを頑として拒みます。
父親がいない以上、
姉と母を守るのは自分であるという
自覚があるのです。
「家の中で、ただ一人の男として
責任があった」。
広次は芯が強く、
隣町の年上の子どもたちによる
筋の通らない要求を
毅然としてはねのけます。
行々子(よしきり:スズメの一種)の
卵を見つけ、
仲間とともに雛を孵していたところ、
隣町の子どもたちが
卵を分けてよこせと押しかけてきます。
彼等は卵を
「食い物」として見ていたため、
広次は仲間ととともに
敢然と立ち向かうのです。
広次の健気な姿が
随所で心を打つのですが、
それと同時に味わい深いのは、
大人の世界を垣間見る広次の視点です。
広次は姉を観察し、
人の口の端に上っている、
二人が「できている」とはどういうことか
知りたいと思っています。
姉を迎えに行くために
遊べないことについて、
「姉があの重吉という手代と
できたためだと思うと、
広次は男が憎かった」。
重吉に愛想を振りまいている姉を見て、
「できるということが
こういうことなら、
馬鹿らしいことだった」。
家の中ではしない化粧をしている
姉を見て、
「できるということは、
家の者と他人になることなのか」。
精神的にたくましい広次も、
やはり子どもです。
再婚を切り出した母親に反発し、
家を飛び出します。
心配して駆けつけたおよしに
同情されながらも、
その温かさに気づくのです。
そして結びの一文が素敵です。
「おれ、およしとできた」。
問題だらけの家族を描きながらも
爽やかな幕切れを迎える逸品です。
ぜひご一読を。
※「日本文学100年の名作第7巻」
収録作品一覧
1974|五郎八航空 筒井康隆
1974|長崎奉行始末 柴田錬三郎
1975|花の下もと 円地文子
1975|公然の秘密 安部公房
1975|おおるり 三浦哲郎
1975|動物の葬禮 富岡多惠子
1976|小さな橋で 藤沢周平
1977|ポロポロ 田中小実昌
1978|二ノ橋 柳亭 神吉拓郎
1979|唐来参和 井上ひさし
1979|哭 李恢成
1979|善人ハム 色川武大
1979|干魚と漏電 阿刀田高
1981|夫婦の一日 遠藤周作
1981|石の話 黒井千次
1981|鮒 向田邦子
1982|蘭 竹西寛子
(2022.5.5)
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