表面に現れているメルヒェンが本質なのだろうか
「ブランビラ王女」
(ホフマン/大島かおり訳)
(「くるみ割り人形とねずみの王さま/
ブランビラ王女」)
光文社古典新訳文庫

悲劇役者・ジーリオは、
夢の中で美しい王女と出逢い、
恋人・ジアチンタのことも忘れ、
心を奪われる。
その日、奇妙な行列が
宮殿へ入っていくのを
目墜した彼は、
夢に現れた王女が
そこにいることを予感する。
一方、ジアチンタは…。
ホフマンの幻想的な小説です。
しかしこれまで読んだ
どのホフマン作品よりも
筋書きを捉えるのに
困難が伴いました。
【主要登場人物】
ジーリオ・ファーヴァ
…三文役者。夢の中で見た
ブランビラ王女に恋をする。
ジアチンタ・ソアルディ
…貧しいお針子。ジーリオの恋人。
屋根裏部屋に住む。
コルネリオ・キアッペリ
…アッシリアの王子。
ローマ訪問中行方不明となる。
ブランビラ
…エチオピアの王女。絶世の美女。
花婿キアッベリを捜索。
チェリオナティ
…有名な香具師。
ベアトリーチェ
…ジアチンタの世話をする老婆。
ベスカーピ
…仕立屋の親方。
なぜ筋書きを捉えるのに
困難が伴うのか?
現実と幻想が入り組み、
その境目が全くわからないのです。
筋書きの主軸は
ジーリオとジアチンタの恋物語です。
ところがもう一つの軸は
キアッペリとブランビアを巡る
物語です。
前者が現実世界、
後者が虚構世界のように思えますが、
ジーリオはジアチンタを忘れて
ブランビアに夢中になる、
ジアチンタは知らぬ間に
キアッペリと結ばれている、
現実世界が虚構世界に飲み込まれ、
そのため時も場所も定かではなくなり、
登場人物は入り乱れ、
かつ入れ替わり、
錯綜し続けます。
読み手はどこからどこまでが
現実なのか、
幻惑され続けることになるのです。
さらに劇中劇のような形で
ウルダルの国の伝説
―オフィオッホ王と
リリス王妃の物語―が絡んでくるから
一層複雑怪奇となるのです。
混沌とした中で、
物語は驚きの結末へと向かいます。
さて、一通り読み終えて感じるのは、
表面に現れている
メルヒェンやファンタジーが、
本作品の本質なのだろうかという
疑問です。
めまぐるしい変遷を整理してみると、
主人公であるジーリオは
役者の地位を失い、
ジアチンタの愛を失い、
そしてジアチンタの存在そのものも
失いかけ、
本来の記憶をも失って彷徨っています。
ジーリオの自己喪失とその再生の
物語のようにも思えるのです。
幸せなエンディングがなければ、
自身の存在そのものが脅かされる
不条理な世界となっていたはずであり、
それは安部公房作品に
似たものとなっていたでしょう。
本作品もまた、
再読を求められる性質のものだと
感じます。
時間をおいて
再び接近してみたいと思います。
そのときまでに、
「はじめに」で述べられている
「全体の基盤をなすもの、
すなわちカロの奇抜な戯画連作を、
常に視野の中に入れ」ること、
そして
「音楽家ならカプリッチョのような
楽曲にどんな気分を
要求するか」ということを、
理解できるようにしておきたいと
思います。
〔本書併録作品〕
(2022.5.10)

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