貪欲に生を貪ろうとする老妓のエネルギー
「老妓抄」(岡本かの子)
(「老妓抄」)新潮文庫

「老妓抄」(岡本かの子)
(「岡本かの子全集第5巻」)ちくま文庫

長年お座敷をつとめ、
財を成した老妓が、
ふとした気まぐれで
発明家志望の青年電気工に
住む家と生活費を与える。
「好きなようにやってごらん」と
老妓は見守るが、しかし
その青年は次第に情熱を無くし
人生の目的を見失っていく…。
筋書きを単純に書くと本作品は、
老妓が親子ほどに年の違う青年柚木を、
物心両面で支援している
(つまりは囲っている)お話です。
でも、その理由について、
青年ははじめは
理解できなかったのです。
「柚木にはだんだん老妓のすることが
判らなくなった。
むかしの男たちへの罪滅しのために
若いものの世話でもして
気を取直すつもりかと
思っていたが、そうでもない。」
しかし、次第に気付いてきます。
「それは彼女にできなかったことを
自分にさせようとしているのだ。
しかし、彼女が彼女に出来なくて
自分にさせようとしている
ことなぞは、彼女とて自分とて、
現実では出来ない相談の
ものなのではあるまいか。」
一定の貯えもできた。
そのため時間もつくれるようになった。
今こそ生の充実を感じたい。
でも…、年老いてしまった。
そんな老女が
生きる充足感を得るためには、
何かに取り組む若者を間近に見て、
そのエネルギーを自らのものにするより
ほかはなかったのでしょう。
「仕事であれ、男女の間柄であれ、
混り気のない没頭した
一途な姿を見たいと思う。
私はそういうものを身近に見て、
素直に死にたいと思う。」
物語は自らの心境を歌った
老妓の一首で締めくくられています。
「年々にわが悲しみは深くして
いよいよ華やぐいのちなりけり」
年をとるほどに貪欲に生を
貪ろうとする老妓のエネルギー。
若者以上の「情熱」をもちながら、
過ぎ越した人生の先に
その注ぎ口を見いだせないいらだち。
それでいながら、そうした我が身を
冷静に見据える心と眼。
老妓の、いや作者の、
様々な思いが伝わってくるようです。
作者岡本かの子は
爆発する芸術家・岡本太郎の母親です。
いろいろな資料を読むと、
息子に負けないくらい、
岡本かの子の爆発力(特に恋愛方面)は
大きなものがあったようです。
おそらくは描かれている老妓は、
作者その人だったのだろうと
推察できます。
なお、柚木に視点を移すと、
老妓とは反対に、生命力の乏しい
青年像が浮き彫りになります。
口は達者で夢もそれなりに大きいが、
実行力が伴わず、
一歩をなかなか踏み出せない。
こぢんまりとまとまっている。
まるで現代の青年の軟弱さを
描いているようにも思えますが、
本作品の発表は昭和13年。
この青年はなんと大正生まれです。
男は昔からだらしなかったのか、
それとも柚木が老妓から
生気を吸い取られた結果なのか。
読み手にいろいろなことを
考えさせるのが短篇の魅力です。
やはり岡本かの子は短篇の名手です。
※「老妓抄」(岡本かの子)
収録作品一覧
老妓抄
鮨
東海道五十三次
家霊
越年
蔦の門
鯉魚
愚人とその妻
食魔
※「岡本かの子全集第5巻」
収録作品一覧
巴里祭
東海道五十三次
呼ばれし乙女
みちのく
愛
老妓抄
蝙蝠
快走
家霊
鮨
娘
とと屋禅譚
越年
丸の内草話
(2022.5.18)

【青空文庫】
「老妓抄」(岡本かの子)
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