「タイム・マシン」(H・G・ウェルズ)

だからこそ抜群の面白さなのです

「タイム・マシン」
(H・G・ウェルズ/阿部知二訳)
(「タイム・マシン」)創元SF文庫

泥だらけのまま
「わたし」たちの前に姿を見せた
タイム・トラベラー。
彼は先週披露した
タイム・マシンを完成させ、
時間旅行をしてきたのだという。
呆然としている客たちを前にして
彼は静かに語り始める。
八十万年後の世界について…。

タイム・マシンが登場するSFは、
古今東西数多くあれど、本作品は、
操縦者の意思と選択によって
時間旅行を行う機器としての
タイム・マシンを導入した
最初期のSF小説であり、
同時に抜群の面白さを持つ
エンターテインメントと
なっているのです。

【主要登場人物】
タイム・トラベラー・「ぼく」
…科学者・発明家。タイム・マシンを
 発明し、自ら時間航行を実体験する。
「わたし」
…語り手。タイム・トラベラーの友人。
エロイ
…80万年後の人類の地上に住む種族の
 総称。牧歌的かつ怠惰な生活を送る。
モーロック
…80万年後の人類の地下に住む種族の
 総称。醜く獰猛な性格。
ウィーナ
…エロイの少女。
 タイム・トラベラーに好意を寄せる。

本作品の味わいどころ①
桁違いのスケール、80万年後

日本人作家の描くタイム・トラベルの
よくある例は「戦国時代での歴史改変」。
でも、最初期のこの「タイム・マシン」は
歴史に干渉しません。
なぜなら一気に80万年後の未来へと
飛んでいくからです。
試験航行の段階で
いきなり気の遠くなる未来へと
大飛躍してしまうところが
本作品の肝なのです。
だから「タイム・パラドックス」のような
面倒なことは生じません。
いたってシンプルな構造の
作品となっているのです。
だからこそ抜群の面白さなのです。

本作品の味わいどころ②
「時間航行」よりも「大冒険」

時間航行そのものよりも、
未知の世界へと放り出された主人公の、
空間的な大冒険こそが、
本作品の面白さとなっています。
平和でのどかな生活を送っている
未来の人類・エロイ。
その一方で、エロイとは
別の進化を遂げた
未来の人類・モーロック。
モーロックが実は恐るべき
食肉人類であることを知った
タイム・トラベラーは、
隠されてしまったタイム・マシンを
取り戻すべく、
冒険と戦いに突き進むのです。
わかりやすい「大冒険」。
これこそが本作品の
味わいどころなのです。
だからこそ抜群の面白さなのです。

本作品の味わいどころ③
描かれているのは「文明批判」

単なるエンターテインメントに
終始しているわけではありません。
そこに描かれているのは
「文明批判」です。作者・ウェルズは、
「支配者と被支配者」
「資本家と労働階級」
「持てる者と持たざる者」、
19世紀末に既に現れていた
そうした社会の矛盾に目を向け、
その分断がもたらす暗澹たる未来を
提示し、社会の有り様に
警鐘を鳴らしているのです。
その鋭い視点は、スイフト
「ガリヴァー旅行記」にも似ています。
だからこそ抜群の面白さなのです。

1895年の発表からすでに120年以上が
経過している現代の私たちが読むと、
いささか古風な点があることは
否めません。
しかし私たちの意識を
明治時代に遡らせて
本作品に接近したとき、そこには
驚くべき先進性と前衛性を兼ね備えた
本作品の姿が見えてくるのです。
1895年の日本では、
樋口一葉が「たけくらべ」の連載を
開始していました。
当時の日本人がリアルタイムで
本作品を読むことができたならば、
果たして本作品が描いているものを
どれだけ理解できたか、
疑わしい限りです。

ここから「タイム・マシン」小説が始まり、
ハインライン「夏の扉」へと
受け継がれ、日本にも飛び火し、
あまたの作品へと
継承されていったのです。
大河の最初の一滴としての本作品を、
ぜひご賞味ください。

〔本書収録作品一覧〕
塀についたドア
奇跡をおこせる男
ダイヤモンド製造家
イーピヨルニスの島
水晶の卵
タイム・マシン

※私が読んだ阿部知二訳は
 1965年のものであり、
 既に半世紀以上が経過しています。
 私は読んでいないのですが、
 以下の新訳の方がよりよく作品を
 理解できるのかも知れません。
 ちなみに池央耿訳は2012年、
 山形浩生訳は2003年、
 金原瑞人訳は2000年となっています。

(2022.5.30)

Stefan KellerによるPixabayからの画像

【関連記事:ウェルズ作品】

【ウェルズの本はいかがですか】

【海外SF作品はいかがですか】

【今日のさらにお薦め3作品】

【読書のおともに:ドリンク】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA