何の救いもないまま物語は幕を閉じます
「ファクスランジュ」
(サド/澁澤龍彦訳)
(「百年文庫032 黒」)ポプラ社

パリの富豪の娘・
ファクスランジュ嬢には
ゴエという恋人がいた。
しかし彼女の両親は
娘の幸せを願い、
アメリカに巨額の財産を持つ
フランロとの結婚を勧め、
彼女もそれを承諾する。
結婚後、彼女がフランロに
連れて行かれた先は…。
そんなにうまい話が
あるわけがありません。
現実でも小説世界でも。
アメリカに巨額の財産があり、
両親はすでに他界しているため、
その財産は自由に使える。
フランスには
花嫁を探すためにやってきた。
どう考えてもうますぎる話です。
案の定、詐欺師でした。
よくある話といえばそれまでです。
でも本作品の場合、
彼女は両親の強い指示に逆らえず、
泣く泣くゴエと
別れたのではありません。
彼女自身、フランロと結ばれた方が
幸せに暮らせると判断しているのです。
単なる結婚詐欺に引っかかった
哀れな美女の話か、と思って
読み進めると、
状況はさらに悪化します。
フランロは詐欺師などではなく、
盗賊集団の親玉。
あわれファクスランジュ嬢は
悪党のアジトへと
連れて行かれるのです。
大変な場面が描かれるのでは…、と
思って読み進めると、
状況はある意味さらに悪化します。
フランロの花嫁さがしは本当であり、
彼女はフランロの奥方として
丁重に扱われます。
しかし、外界との通信は固く禁じられ、
永久に脱出不可能。
さらには…、
人殺しの手伝いをさせられるのです。
フランロが手下とともに
略奪行為を行っている間、
刃向かってきた人間を
アジトへと送り込み、
そこで始末するのですが、
留守中その指示は奥方である
彼女の役割として与えられ、
強要されます。
犯罪に荷担させられる。
純真なまま生きてきた彼女が、
無理やり「黒」に染められる。
人間として落ちるところまで
落とされてしまったのです。
一途なゴエ青年を
捨て去った罰としては、
あまりにも重すぎる
神の仕打ちといわざるを得ません。
そのゴエが彼女を救出するのですが、
何も解決せぬまま、
そして何の救いもないまま、
物語は幕を閉じます。
作者マルキ・ド・サドは、
「数々の性的スキャンダルによって
幾度も投獄され、
その三十年近い幽閉生活のあいだに
膨大な量の長篇、短篇、戯曲を
書き上げ、最後は孤独のうちに
精神病院で生涯を閉じた」という
希有な経歴の作家です。
まともな小説は書いていません。
本作品に限っては、
そこに「人間として大切な何か」や
「人の生き方」といった
性善説に基づく文学的主題を
読み取ることは不可能なのでしょう。
その結果として、
読み終えても爽やかな気持ちには
到底なれません。
でもいいのです。
光があれば影があります。
本作品のように「悪」を描いた作品を
味わえるからこそ、
人間の輝きを描いた文学作品の
味わい方が深まっていくのですから。
(2022.6.8)

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