「十五少年漂流記」に胸を躍らせた大人のあなたに
「「十五少年漂流記」への旅」(椎名誠)
新潮文庫

「十五少年漂流記」を知らない方は
いないと思われます。
ジュール・ヴェルヌが
1888年に発表した冒険ジュヴナイルで、
無人島に漂流した少年たちが
力を合わせて生活していく物語を
描いています。
なんでもヴェルヌの本国フランスよりも
日本での売り上げの方が
多いという説もあります。
初訳者・森田思軒による
「十五少年漂流記」という邦題の
インパクトの強さのなせる
技だったのでしょうか
(「Deux Ans de Vacances」の原題を
直訳すると「二年間の休暇」という
なんとも味気ないものになる)。
その少年たちの流れ着いた島・
チェアマン島のモデルとして
長年考えられてきた
マゼラン海峡にあるハノーバー島
(作中でそう紹介されている)に
異を唱えたのが
日本人学者・田辺眞人氏です。
本当のモデルは南太平洋の
チャタム島ではないかという
氏の説に沿って、椎名誠が実際に
ハノーバー、チャタム両島を
「探検」した記録が本書なのです。
二つの島のどちらが
本当の「チェアマン島」なのか?
少年たちが最後に救出される可能性を
考えたとき、その位置は
ハノーバー島が妥当であり、
「漂流記」に記述されている気候風土は
ハノーバー島の
それに近いということでした。
一方、描かれている地形や
そこから見える景色については
チャタム島の
可能性が高いというのです。
椎名誠が実際に体験し、
自分の目を通しての判断ですので、
説得力があります。
ただし、本書は
紀行ドキュメンタリーというよりも、
「旅をしながら書いたエッセイ」です。
話題はあちこちへと飛び移り、
注意して読み進めないと、
今読んでいる部分がどこの話なのか、
わからなくなります。
椎名誠のファンの方なら
問題ないのでしょうが、
純粋に「十五少年漂流記」の
「謎の解明」を求める読者は
肩透かしを食らう可能性があります。
「一般人にもわかりやすい学術書」では
ないところが惜しまれます。
本来虚構であるはずの小説の舞台を
探訪するという試みは
これまでいくつもなされてあり、
決して珍しいものではありません。
特に日本人はそうした試みが
好きなのではないかと考えられます
(諸外国の状況がわからないので
無責任な推論に過ぎないのですが)。
源氏物語のゆかりの地を探したり、
太宰の小説の足跡を訪ねたり、
探せばいくつも出てきそうです。
本書と似たようなものとして、
漂流ものの祖として名高い
「ロビンソン・クルーソー」の
漂着した島を調査・訪問した
記録として
「ロビンソン・クルーソーを探して」
(高橋大輔著・新潮文庫刊)もあり、
そちらもやはり日本人による
ドキュメントです(こちらは正統派の
紀行ドキュメンタリー)。
読むと自分も探検したような
気になるから不思議です。
そしてもう一度「十五少年漂流記」を
読み返してみたくなるから
なお不思議です。
かつて「十五少年漂流記」に胸を躍らせた
大人のあなたにお薦めします。
(2022.6.21)

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