「夢見る帝国図書館」(中島京子)②

国の文化の成熟の指標は「図書館の在り方」

「夢見る帝国図書館」(中島京子)
 文春文庫

久一郎は憤慨のあまり、椅子から
転がり落ちそうになった。
「本がない?」
彼は二十三歳の
若き文部省官吏であり、
彼の書籍への思いの熱さは
相当なものだった。
久一郎はのちに自分が
永井荷風の父になることなど
知る由もなかった…。

中島京子による「夢見る帝国図書館」。
今年上半期に出版された文庫本の中で、
最も注目すべき一冊だと断言できます。
昨日は本作品の
ミステリ的な構造について触れ、
「女性の生き方」という視点で
書きました。
今日は本作品に挿入される作中作
「夢見る帝国図書館」に
着目したいと思います。

【主要登場人物】
福沢諭吉
…近代国家の証としてビブリオテーキの
 創設を提言する知識人。
永井久一郎
…情熱ある若き文部官吏。
 永井荷風の父。
淡島寒月
…明治初期、東京図書館に
 足繁く通った文化人。
幸田露伴
…寒月と同時期、
 東京図書館に入り浸った少年。
 綽名をつけるのが得意。
樋口夏子(一葉)
…上野の図書館に通う作家の卵。
 肩こりで近眼で金欠。
宮沢賢治
…大正十年に上京した夢見る詩人。
マティラム・ミスラ
…帝国図書館に出入りしたインド人。
 谷崎潤一郎と芥川龍之介の知人。
宇野浩二
…震災時の自警団活動により
 命を落としそうになった作家。
吉屋信子・宮本百合子・林芙美子
…モダンガールと呼ばれた
 図書館利用客の作家たち。
アルセーヌ・ルパン
…帝国図書館に現れた怪盗。
レオ・シロタ
…帝国図書館所蔵の憲法関連書を
 借りきり憲法草案作成にあたった
 GHQ職員。
きわこ
…終戦直後に上野図書館前で
 迷子になっていた女の子。

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今日紹介した本

この主要登場人物を見ただけで
「読みたい!」と思ったあなたは
筋金入りの読書家です。
作中作「夢見る図書館」には、
帝国図書館の歴史と
そこに関わる有名人のエピソードが、
ウイットに富んだ文体で
綴られているのです。
それは本文中の「わたし」の
出会う出来事と絶妙にリンクしつつ、
「女性の生き方・在り方」とともに
「図書館の本質」へと迫っていきます。

明治の時代の幕開けとともに始まった
図書館の歴史は、まさに
「金欠との戦い」の連続だったのです。
我が国は開国後もずっと
教養が軽視される国であり、
経済や戦争(これらは総じて
「金儲け」といえる)にばかり
政府の金(つまりは税金)が投入され、
国民の学びのためには
なかなか予算を割かないという
後ろ向きの姿勢が、
克明に記録されています
(それは「歴史」の上だけではなく、
現在も「経済低迷」「コロナ禍」が
原因なのでしょうか、
国や全国自治体における「図書費」は
減額の方向に動いています)。
しかし描かれているのはそのような
愚痴っぽい話ばかりではありません。

明治以降の知識人・文化人・作家・
図書館員たちは、
そのような中にあって、
図書館の進化発展に惜しみなく情熱を
注いでいたことが記されています。
福沢諭吉が提言した
「ビブリオテーキ」は、
その理想とする姿には
まだまだ遠いものの、
着実に日本の文化を
下支えしていることに気づかされます。
幸田露伴少年や宮沢賢治青年の件は、
図書館が教養の出発点であることを
わかりやすく示しています。

そしてそれらはすべて
軽妙洒脱な文章で綴られ、
コミカルなエピソードに
仕上がっているのです。
中でもマティラム・ミスラ氏を
実在の人物として取り上げた章は、
谷崎潤一郎「ハッサン・カンの妖術」
芥川龍之介「魔術」を読んだ方なら
必ず笑えるはずです。

本来であれば重くなりがちな
図書館の受難の歴史を、
ユーモアの衣に包んで
さりげなく問題提示しているのです。
これが本書のもう一つの
味わいどころとなっています。
ぜひ本書を手にしてじっくりと
その旨味を堪能してください。

※作中作「夢見る帝国図書館」章立て
 (これだけでもそそられませんか?)
1 前史「ビブリオテーキ」
2 東京書籍館時代「永井荷風の父」
3 孔子様活躍す・東京府書籍館時代
4 寒月と露伴・湯島聖堂時代
5 火事に追われて上野へ
   図書館まさかの再度合併
6 樋口一葉と恋する図書館
   上野赤レンガ書庫の時代
7 上野に帝国図書館出現
   またもや戦費に泣かされる
8 化粧煉瓦の帝国図書館
   一高生たちを魅了する
9 図書館幻想 宮沢賢治の恋
10 「出世」「魔術」
   「ハッサン・カンの妖術」
11 関東大震災と図書館と小説の鬼
12 悲願の増築
   ―そしてまた戦争・昭和編
13 モダンガールの帝国図書館
14 上野図書館、
   全館ストライキに入ります!
15 昭和八年のウングリュックリッヒ・
   「女の一生」山本有三
16 913の謎と、帝国図書館の
   ドン・ルイス・ペレンナ
17 「提灯にさはりて消ゆる」本の数々
18 動物たちは大騒ぎ①
19 帝国図書館の略奪図書
20 動物たちは大騒ぎ②
21 そして蔵書たちは旅に出る
22 帝国図書館の
   「日本のいちばん長い日」
23 宮本百合子、
   男女混合閲覧室に坐る
24 ピアニストの娘、
   帝国図書館にあらわる
25 国立国会図書館支部上野図書館前

(2022.6.28)

Mystic Art DesignによるPixabayからの画像

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