「百年文庫027 店」

それはすべて主人公の青春、それも男の青春

「百年文庫027 店」ポプラ社

「婦人靴 石坂洋次郎」
二十一歳となった
町の靴屋の徒弟・又吉は、
雑誌「若人の友」の投書欄に
文通申し込みの手紙を送る。
ハイヒールの製作が
得意と書いたが、それは
見栄を張った嘘であった。
やがて近くの町の女性・
美代子から一通の手紙が届くが
又吉は…。

百年文庫、第27巻のテーマは「店」。
いかにも小説の舞台となりそうな「店」。
一作目「婦人靴」はもちろん靴屋、
二作目「黄昏の回想」はカフェ、
そしてデパート、
三作目「雪女」は印章店が、
作品の舞台となっています。

「黄昏の回想 椎名麟三」
若林はふと
デパートに立ち寄った際、
六十ぐらいの老人がソファに
座っているのを目にする。
老人は終始
売り場の方を眺めながら、
店員たちの些細な失敗を見て
嘲笑的な笑みを
浮かべるのだった。
若林はその老人に
見覚えがあった…。

三作品の作風は全く違います。
石坂洋次郎は
爽やかな青春の香りのする、
昭和の良き時代の小説です。
椎名麟三はそれとは異なり、
かなり屈折した
青年像・人間像を描いています。
和田芳恵は石坂に近いのでしょうが、
朴訥とした筋書きと文体が、
時代の古さと舞台の遠さを
感じさせます。

「雪女 和田芳恵」
足の不自由な仙一は親元を離れ、
印章店に弟子入りする。
二年が経った正月に、
仙一は暇をもらって里帰りする。
仙一は幼なじみのさん子を連れて
寺へ行く。
さん子との結婚と
家を出て養子になることを、
和尚に相談するために…。

では、共通点は何か?
それはすべて主人公の青春を
描いているということでしょう。
それも男の青春です。
不器用であり、
口べたであり、
ニキビ顔であり、
汗臭さであり、
ストレートであり、
馬鹿真面目であり、
それでいてどこかに
キラキラとしたもののある、
男の青春です。

スマートで、
饒舌で、
すっきり顔で、
無臭で、
巧みで、
軽くて、
それでいてなにも中身の無い
現代の好青年像からは、
最も遠い位置に
存在しているかも知れません。
現代の中高生、
特に女の子が読んだとしても、
遙か遠い世界のお話のような印象を
受ける可能性があります。

それでも、いや、だからこそ、
私はこの作品群が
貴重なものに思えるのです。
時代錯誤・懐古趣味と
言われるかも知れません。
しかし、ここにこそ、
現代日本が失ってしまったものが、
生き生きと活写されていると
感じてしまうのです。

作者三人とも、
書店で著作を見つけるのが
難しい存在となりました。
良いものが失われていく現代の風潮に
警鐘を鳴らすべく、
取り上げる次第です。

〔石坂洋次郎の作品〕
私の住む地域にゆかりのある作家・
石坂洋次郎。
昭和の時代は書店の文庫本コーナーに
作品が数多く並んでいたのですが、
ほぼ絶版状態です。
中古で数冊集めているのですが、
読了したのは「青い山脈」だけです。
頑張って読んでいきたい
作家の一人です。

〔和田芳恵の作品〕
本書収録の「雪女」に感銘を受け、
中古で一冊手に入れました。
「接木の台」です。
渋い味わいが魅力の作品集です。

(2022.7.13)

Antonio LópezによるPixabayからの画像

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