「鴉」(横溝正史)

釣り上手の磯川警部、事件に釣られる金田一耕助。

「鴉」(横溝正史)
(「幽霊座」)角川文庫

(「消すな蠟燭」)出版芸術社

保養を楽しもうと
訪れた湯治場で、
金田一は同行した磯川警部から
意外な話を聞く。
かつて温泉宿・蓮池家の婿養子が
謎の失踪を遂げ、
三年目となる明後日、
帰ってくるのだという。
だが、蓮池家の人々は皆、
浮かない顔をしていた…。

横溝正史金田一耕助シリーズ
岡山県ものです。
もちろん磯川警部登場です。
地方が舞台であり、本作品も
おどろおどろしさでいっぱいです。

【事件簿File-017「鴉」】
〔依頼人〕
なし
※磯川警部が三年前の事件解明のために
 金田一を巻き込んだ。
 しかし磯川警部の口から
 要請の言葉は出ていない。
〔捜査関係者〕
磯川警部
…岡山県警警部。ただし今回は
 警察官としての捜査はしていない。
〔事件関係者〕
蓮池珠生
…温泉宿の孫娘。美人。
 幼時に両親を失う。
蓮池貞之助
…三年前に失踪した珠生の夫(婿養子)。
蓮池紋太夫
…蓮池家当主。
 岡山県の山村で温泉宿を営む。
蓮池由良
…紋太夫の妻。若い時分は巫女。
泰輔
…由良の甥。珠生の再婚相手の候補。
幾代
…珠生の母方のいとこ。十八歳。
お杉
…温泉宿の女中。陰気で無口。
留吉
…温泉宿の使用人。
〔事件の概要〕
⑴昭和21年11月
 「蓮池貞之助失踪事件」
・6日夕刻、貞之助、泰輔とともに
 狩猟のため「おこもり堂」に宿泊。
・7日早朝、貞之助帰宅、すぐさま
 神殿にこもる。神殿から消失。
・神殿の入り口は家人が注視していた。
・神殿の裏手の窓は鍵がかかっていた。
・三年後に帰るという書き置きあり。
⑵昭和24年11月
・4日夜、金田一と等々力、
 蓮池家湯治宿に宿泊。
・6日、幾代、駅で貞之助と再会、
 スーツケースを預かる。
・7日早朝、貞之助帰宅、
 再び神殿にこもり、のちに消失。
・貞之助と泰輔が裏山の崖地で対決、
 泰輔転落死。
・金田一、関係者を集め、報告。
 事件解決。

本作品の味わいどころ①
金田一を巻き込む磯川警部の常套手口

骨休めしようと訪れた金田一に
休養先を紹介するふりを装って、
実は過去の未解決事件を
解決させようという、
磯川警部の常套手段。
同じ岡山ものである
「人面瘡」「首」「悪魔の手毬唄」などと
同様の手法です。
「ワンパターン」という指摘も
あるかもしれません。
しかしこうでもしなければ
東京住まいの金田一が、
岡山の山奥まで
足を運ぶことはないのです。
お決まりの展開を、
十分に楽しむべきです。

金田一の事件の時系列を考えた場合、
「人面瘡」事件もまた本作品と同じ
昭和24年(夏頃)である可能性が高く、
金田一は一年に二度も
磯川警部の手がけた未解決事件を
解決したことになります。
その磯川は今回、金田一に事件捜査を
まったく依頼していません。
金田一が自然と食いついてくるように、
うまく餌をまいているのです。
磯川警部が釣り上手なのか、
それとも金田一が忘れっぽいのか。
この、金田一をのせてしまう
磯川警部の手口こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
地方の温泉宿らしいおどろおどろしさ

地方ものはやはり横溝らしい
おどろおどろしさが漲っています。
婿養子・貞之助が
行方不明となったのは、
ただの「失踪」ではありません。
神殿の中に閉じこもったきり
そのまま蒸発、つまり
「密室殺人」ならぬ「密室失踪」なのです。
さらには前日に貞之助が寝泊まりした
「おこもり堂」には
鴉の死体がぶら下げられ、
その血潮が床面を濡らしていたという
奇妙な「事件」が付随しているのです。

事件から三年ぶりに訪問した
磯川警部ですが、
それに対して蓮池家の面々は
みな戦々恐々としています。
それぞれが何かを隠していることが
うかがえるのです。

それだけでなく、
横溝の演出も見事です。
陸の孤島のような山奥の湯治宿。
鴉が守り神という廃れた神社。
巨石に囲まれた奇勝。
「おこもり堂」と呼ばれる天然の洞窟。
「悪魔の手毬唄」などの
長篇作品に比べると小ぶりながら、
舞台背景としては十分の演出です。
この、地方の温泉宿らしい
おどろおどろしさこそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
限られた登場人物の中での謎解きの妙

怪しい人物を複数立てて、
誰が真犯人か、読み手による特定を
難しくするのが横溝の作風です。
ところが本作品は、中篇作品ゆえに
登場人物が極めて限定的です。
犯人特定は容易に思えるのですが、
実は困難となる
「しくみ」がつくられているのです。
表面上は
一つの家族として生活しながらも、
それぞれが秘密を抱え、
それらを共有しない(できない)
生々しさがあります。
関係者が少しずつ嘘や企みを隠し持ち、
それが積み重なって
一つの「怪事件」が完成しているのです。
金田一耕助が
それを見事に解き明かします。
この、限られた登場人物の中での
謎解きの妙こそ、本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

昭和27年に発表された中篇作品ですが、
見事な仕上がりであり、
横溝作品の中でも
傑作の一つであると考えます。
その一方で、
せっかくの岡山ものである以上、
もう少しボリューム感が
欲しいところでもあります。
もしも横溝に
もう少し創作の時間が残されていたら、
他の作品のように改稿長篇化を試みた
一篇ではなかったかと、
ついつい想像してしまいます。
舞台となる村に
何かおどろおどろしい名前をつけ
(古谷一行主演のテレビシリーズでは
失神村と設定されていた)、
三年前の事件に「失踪」だけでなく
別の殺人事件を絡め、
さらに蓮池家と対立する別の旧家との
確執が描かれていたならば、
「獄門島」や「悪魔の手毬唄」に
匹敵するような
長篇作品になっていたのではないかと
思うのです。

いやいや、本作品は
十分な味わい深さを持っています。
これはこれでいいのです。
長らく絶版でしたが、本書「幽霊座」は
横溝正史没後40年&生誕120年となる
今年5月、めでたく記念復刊しました。
かくなるうえは
売り切れ次第再絶版ということの
ないように願いたいものです。

〔磯川警部との保養先での事件〕
上に記したように、
「人面瘡」「首」「悪魔の手毬唄」が
あります(まだあったかも知れない)。

金田一はまともに休養したことが
なかったのかも知れません。
なお、岡山県警に立ち寄ったら
磯川警部から事件捜査の
相談を受けたというケースもあります。
「死仮面」事件です。

こちらは舞台を東京に移し、
等々力警部とともに解決します。

(2022.7.22)

〔「幽霊座」角川文庫〕
幽霊座

トランプ台上の首

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