精神の自由こそが子規にとっては心の｢灯｣
「熊手と提灯」「ラムプの影」
（正岡子規）（「百年文庫031 灯」）
ポプラ社
「熊手と提灯」「ラムプの影」
（正岡子規）（「飯待つ間」）岩波文庫
鬼灯提灯が夥しくかたまって
高くさしあげられて居るのだ。
今日は二の酉で晴天であるから、
昨年来雨に降られた償いを
今日一日に取りかえそうと、
その景気づけに高く吊ってある
提灯だと分ると
その赤い色が
非常に愉快に見えた…。
「熊手と提灯」
｢百年文庫031 灯｣には、
正岡子規の随筆四篇が
収められているのですが、
｢飯待つ間｣｢病｣の二篇は
先日取り上げました。
今日は残りの二篇です。
この二作は病に伏している子規が、
無意識のうちに自身を照らす灯を
求めているかのような
作品となっています。
病状がある程度落ち着いていた
時期なのでしょう、
外出先から車で帰宅する際、
すれ違う人が提灯とともに
熊手を持っていることに着目して
想像を膨らませた随筆です。
この人物観察が
面白いことこの上ありません。
｢馬鹿に大きな熊手をさしあげて
威張ってる奴｣については
暗がりでよく見えないにもかかわらず
｢何でも慾ばって居るような人相だ｣と
言い切り、
｢こんな奴にはきっと福は来ないよ｣と
人相鑑定します。
｢小い一尺ばかりの熊手を持って居る｣
おばあさんについては
｢自分が福の神であったら
今宵この婆さんの内に往て、
そっとその枕もとへ
小判の山を積んで置いてやるよ｣と
持ち上げておいて、
｢福相という相ではない。
むしろ貧相の方、
福の神はこんな皺くちゃ婆さんを
嫌うのであろうか｣と
余計なお世話までしてします。
｢かっぷくの善い、
堅帽を被った男｣については、
親父が欲張りでいまだに隠居せずに
店を仕切っているために、
四十過ぎてもまだ若旦那と
呼ばれているであろうと推測します。
続いてすれ違った
｢どこかの上さん｣については、
夫婦で炒り豆屋をやっているが、
亭主の方が上さんより若くて奇麗で
お世辞が上手く、
それで夫婦仲がいいはずと推理します。
西洋の名探偵の人間観察をも凌ぐ、
正岡子規の人相鑑定、
いやここまでくると
物語の創作力というべきでしょうか。
病の牀に仰向に寐てつまらなさに
天井を睨んで居ると
天井板の木目が人の顔に見える。
それは一つある節穴が
人の眼のように見えて
そのぐるりの木目が
不思議に顔の輪郭を
形づくって居る。
襖にある雲形の模様が
天狗の顔に見える…。
「ラムプの影」
こちらは体調が
悪かった時期なのでしょう。
病床にあって周囲を見渡したとき、
天井や襖や窓硝子を見ての
空想について記しています。
木目が顔の輪郭に見える、
襖の模様が天狗のように見える、
硝子越しに見える森の隙間の空が
人の顔に見える、…。
それにしても子規の想像力の
たくましさには驚かされます。
いや、たくましくせざるを
得なかったと言うべきでしょうか。
自由に動かせない身体を抱えながらも
精神は自由に時空間を闊歩している、
そんな印象を受けます。
そしてその精神の自由こそが
病床にあった子規にとっては
心の｢灯｣だったのではないでしょうか。
ほのぼのとした中に、
そこはかとない悲しみが
滲み出ている子規の随筆二編です。
〔文庫本となっている正岡子規作品〕
正岡子規の作品は
随筆や短歌･俳句ですので、
どうしても岩波文庫に
頼らざるを得ません。
こちらがお薦めでしょう。
※天井の木目などが人の顔に見えるのは
よくあることですが、
それを使ったホラー的作品に、
先日取り上げた
｢〆｣(山白朝子)があります。
こちらもどうぞ。
〔本書収録作品〕
（2022.8.3）
【青空文庫】
「熊手と提灯」（正岡子規）
「ラムプの影」（正岡子規）
【正岡子規に関する本】
【百年文庫はいかがですか】
【今日のさらにお薦め3作品】
【夏の読書のおともに：お茶】
