「やさしさの精神病理」(大平健)

「やさしさ」はさらに変遷している

「やさしさの精神病理」(大平健)
 岩波新書

もしかすると、
”やさしさ”は現代の”時代の気分”
なのかもしれません。
どうして”やさしさ”が
これほどまでに尊重されるように
なったのでしょうか?
かくもさまざまな場面で
語られる”やさしさ”とは
いったい、何なのでしょう?…。

四六時中メールが届き、
それに対してすぐに返答しなければ
友達関係が壊れる、という
子どもたちの「繋がり方」は、
十数年前から中学校の教育現場では
問題となっていました。
携帯電話がスマホになり、
メールからLINEへと変遷し、
状況はさらに
複雑になっているようです。

最近読み返してみたのが本書です。
出版が1995年ですから、
約四半世紀以上前の新書本です。
新書本は「鮮度が命」の
部分があるのですが、
本書はいろいろなことを
考えさせてくれる一冊であり、
再読の価値があると私は考えます。
内容は、
その当時の「やさしさ」について、
精神医である著者が
具体的な事例をもとに
詳細に綴ったものなのです。

【本書の章立て一覧】
序章 過剰な”やさしさ”
第1章 ”やさしい”時代のパーソナリティ
第2章 涙のプリズム
第3章 ポケベルのささやき
第4章 縫いぐるみの微笑み
第5章 沈黙のぬくもり
第6章 ”やさしさ”の精神病理
終章 心の偏差値を探して
あとがき

ここで述べられている
「やさしさ」とは…。
例えば電車に乗っていて、
老人が自分の前に立つ。
もし席を譲ったとき、
その老人が年寄り扱いされたことに
腹を立てたら…。
「席を譲ってください」と言われたら
席を立てばいい。
それまでは知らないふりをしているのが
「やさしい」ことだ。…とまあ、
このようなところでした。

自分の心に踏み込まれたくない。
傷つきたくないから。
そして他人の心にも踏み込みたくない。
傷つけたくないから。
そのような、
他人との間に距離を置くのが
「若者」の心理
(その当時の、1990年代の)だと
著者は分析しています。

だとすれば…、
現代の子どもたちのLINE等における
やりとりは、その頃と
180°違っていることになります。
他人の事情を考えずLINEを送る。
返事がなければ友達関係を解消する。
人の心と事情に土足で
どんどん踏み込んで何とも思わない。
時代はまた大きく
変わってしまったのでしょうか。

その頃の
「若者」の端くれであったはずの、
現代の「おじさん」は、だからなお一層、
現代のLINE事情を
理解することができないのです。
どうしてそこまでして人と
繋がらなくてはならないのだろう、と。
だとすれば、今の子どもたちの考える
「やさしさ」とはなんだろう、と。

もしかしたら、1990年代に
「やさしさ」に見えていたものは、
単なる「弱さ」であり、
その「弱さ」を克服して
(克服とはいわないのでしょうが)
人と繋がるためのツールが
情報端末だったということ
なのでしょうか。

現代社会を考える上での良書として、
高校国語の資料集などでも
紹介されている本書ですが、
もはや古典となりつつあります。
だからこそまた、
読む価値があるのです。

〔岩波新書の古典的良書〕
これまで再読した新書本のほとんどが
岩波新書です。
岩波新書には、時代の変化に耐えうる
良書がいくつも存在しています。
「東京大空襲」(早乙女勝元)などは
読み継がれていくべき良書と考えます。

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「日本語練習帳」(大野晋)も、
高校生にぜひ読んでほしい一冊です。
日常使っている日本語を見直す、
いい機会になるはずです。

「ボランティア もうひとつの情報社会」
(金子郁容)も、現代に通じる
鋭い指摘に満ちています。
人と人との繋がりについて
考えを深めるための一冊です。

高校生の段階で、一冊でもいいので
岩波新書に触れるべきだと考えます。

(2022.8.16)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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