日本人の心の「灯」のような作品
「百年文庫031 灯」ポプラ社
「琴のそら音 夏目漱石」
心理学者の友人・津田から
幽霊の話を聞いた直後、
迷信好きの婆さんから
「今夜は犬の遠吠えがおかしい」と
言われた「余」は、
婚約者の身の上が
急に不安になってくる。
夜明けとともに、
婚約者のもとへ駆け付けた
「余」が見たものは…。
百年文庫第31巻「灯」。
「光」でもなく「明」でもなく「灯」。
暗闇の中に一筋のおぼろげな光明を
見いだすことを主題とした、
漱石とハーンの小説二篇と
子規の随筆四篇が収録されています。
「琴のそら音」で描かれているのは、
迷信好きな婆さんと
幽霊研究をしている友人に
さんざん脅かされた夜に、
切支丹坂という名の
気味の悪い坂を通ったときに見えた
ゆらゆらと揺れる赤い火。
文字通りの「灯」です。
「きみ子 ハーン」
才色兼備で
日本美の理想にかなった女性、
一千万人に一人というべき
典型的美人と言われた初代君子。
彼女は金持ちの男にも
決してなびかず、
花柳界に気高く君臨していた。
そんな名妓・君子が、
ある日忽然と
芸者街から姿を消した…。
「きみ子」では、
かつて美人奴の君子を愛した
旦那の言葉が象徴しています。
「自分と、
自分をむかし愛してくれた女との距離、
それはもう、
恒星と恒星とのあいだの距離ほどにも
隔り去っている」。
吹けばかき消される
「灯」のような関係です。
「飯待つ間 正岡子規」
おとといの野分のなごりか
空は曇って居る。
十本ばかり並んだ鷄頭は
今は起き直って
真赤な頭を揃えて居る。
一本の雁来紅は美しき葉を出して
白い干し衣に映って居る。
大毛蓼というものか
薄赤い花は雁来紅の上に
かぶさって居る…。
「病 正岡子規」
大連湾より帰りの船の中で、
下等室で寝ていたらば、
鱶が居る、早く来いと
我名を呼ぶ者があるので、
急ぎ甲板へ上った。
甲板に著くと同時に痰が出たから
船端の水の流れて居る処へ
何心なく吐くと痰では無かった、
血であった…。
子規の随筆四篇は、
自由に動かせない身体を抱えながらも
精神を自由に闊歩させている
子規の心境が読み取れます。
その精神の自由こそが
病床にあった子規にとっての
心の「灯」に違いありません。
「熊手と提灯 正岡子規」
鬼灯提灯が夥しくかたまって
高くさしあげられて居るのだ。
今日は二の酉で晴天であるから、
昨年来雨に降られた償いを
今日一日に取りかえそうと、
その景気づけに高く吊ってある
提灯だと分ると
その赤い色が
非常に愉快に見えた…。
「ラムプの影 正岡子規」
病の牀に仰向に寐てつまらなさに
天井を睨んで居ると
天井板の木目が人の顔に見える。
それは一つある節穴が
人の眼のように見えて
そのぐるりの木目が
不思議に顔の輪郭を
形づくって居る。
襖にある雲形の模様が
天狗の顔に見える…。
漱石・ハーン・子規。
近代化を成し遂げながらも
新しいものと古いものとが
せめぎ合っていた
「明治」という時代において、
日本人の心の「灯」のような作品を
書き綴り続けた文士三人です。
読書の秋はもうすこし先ですが、
暑い夏に、背筋がちょっと寒くなり、
でも心はしっかり温まる一冊です。
ご賞味ください。
〔夏目漱石の短篇作品について〕
漱石は「三四郎」「それから」「門」
そして「こころ」など、
長篇作品ばかりが有名ですが、
短篇作品も
深い味わいの傑作ぞろいです。
短編集としては「文鳥・夢十夜」を
お薦めします。
〔ハーンの作品について〕
やはり「怪談」でしょう。
「ハーンの怪談」は、名前は有名ですが、
意外と読んだことのない方が
多い作品なのだそうです。
これを機会にいかがですか。
(2022.8.17)
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