「干魚と漏電」(阿刀田高)

本作品、一体ジャンルは何なのか?ミステリです。

「干魚と漏電」(阿刀田高)
(「日本文学100年の名作第7巻」)
 新潮文庫

こわごわ匂いを嗅いでみた。
生臭いような、
古い野菜のような、
防腐剤が染み込んだような
一種名状しがたい
複雑な匂いが漂う。
冷蔵庫そのものの匂いと
言ってもいいのかもしれない。
指先の品は、
すっかり干からびて
歪に縮んで…。

と、老年近い未亡人
(イメージとしてはおばちゃん)が、
冷蔵庫の掃除をしていて、
その隅に行方不明だった
「ししゃも」を発見するという
場面からはじまる本作品、
一体ジャンルは何なのか?

読み進めても、続く展開は
電気料金の集金人との
不毛なやりとりが続くだけです。
電気料金が引っ越し前よりも
毎月千円高くなっている。
全く同じ間取りで、
全く同じ電化製品を使い、
全く同じ生活を送っているのになぜ?
夫人は集金人にしつこく食い下がり、
ついには調査が開始されます。
その結果、接続されているコードが
地下に繋がっていて…。
本作品、一体ジャンルは何なのか?

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結論としては「ミステリ」です。
地下に繋がっていたコードをたどると、
「冷蔵庫」が埋められていたのです。
では、本作品、一体どこがミステリ?
実は本作品、伏線が幾重にも
張り巡らされているのです。

結末に繋がる伏線①
干からびた「ししゃも」

なぜか冒頭に提示される
干からびた「ししゃも」こそ、
一つめの伏線(の集合)です。
その描写を拾ってみると、
「カチカチに固まった異様な物体」
「一種名状しがたい複雑な匂い」
「すっかり干からびて歪に縮んでいる」
「グロテスクに縮んでしまった」
「頭部は叩きつぶされたみたいに
よじれて」
「うらめしそうな顔を見せている」
「肌のあちこちに黄ばんだ斑点が浮き」
「染みだした内臓が
鱗にへばりついている」
「魚が二つに折れ、
卵巣が灰色の虫のように
ポロンと零れ落ちた」。
この一件無意味とも思える
「ししゃも」の状況説明こそ、
終末への伏線なのです。

結末に繋がる伏線②
縁起の悪い噂話の数々

そして挿入される、
近所の雑貨屋のおかみさんの噂話。
未亡人の移り住んだ借家は
縁起が悪いのだというのです。
いくつかの不幸話の中の
「色の白い、
 きれいな奥さんだったけど、
 ご主人と折り合いが悪くてさ、
 ほかに好きな男でも
 できたらしいんだね。
 それでプイと
 蒸発してしまった」
が、
終末への伏線となります。

結末に繋がる伏線③
それらを一度匂い消し

それ以降に続く、
集金人とのやりとりは、
冒頭部のそうしたわずかにかかった
「暗雲」を一掃し、
舞台をごくありふれた日常へと
引き戻します。
しかしそれすら
「冷却して嫌な匂いを消す」という、
冷蔵庫の役割を果たしているのです。
小説の構成自体が
一つの伏線として作用しているのです。

だからこそ、
最後の1ページの破壊力が
大きいのです。
「錆び付いた冷蔵庫のドアが開いた。
 一瞬、
 あの干魚と同じ匂いが漏れた。
 ヒヤリと白い冷気が流れ、
 庫内灯が広いボックスの中を
 くまなく照らし出した」

「日本文学100年の名作第7巻」
 収録作品一覧

1974|五郎八航空 筒井康隆
1974|長崎奉行始末 柴田錬三郎
1975|花の下もと 円地文子
1975|公然の秘密 安部公房
1975|おおるり 三浦哲郎
1975|動物の葬禮 富岡多惠子
1976|小さな橋で 藤沢周平
1977|ポロポロ 田中小実昌
1978|二ノ橋 柳亭 神吉拓郎
1979|唐来参和 井上ひさし
1979| 李恢成
1979|善人ハム 色川武大
1979|干魚と漏電 阿刀田高
1981|夫婦の一日 遠藤周作
1981|石の話 黒井千次
1981| 向田邦子
1982| 竹西寛子

(2022.8.18)

Clker-Free-Vector-ImagesによるPixabayからの画像

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