明智小五郎の事件簿07
進化した化け物キャラ、確定した乱歩路線
「蜘蛛男」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第5巻」)
光文社文庫
絹枝の目の前で腕の石膏像を
叩き割った畔柳探偵。
そこに現れたのは
女性の遺体の腕の部分だった。
それは行方不明となっている
絹枝の妹・芳枝のものに
間違いなかった。
数日後、絹枝もまた
何者かに拉致され、
その遺体は水族館の…。
「一寸法師」に次ぐ
明智小五郎の長篇作品であり、
乱歩らしい猟奇性と官能性に富んだ、
有り体に言えば
「エログロ」満載の作品です。
あり得ない変装や
時間的に不可能な早業といった、
非現実的なトリックの連続、
そして犯人が誰であるのか
早々に分かってしまうという
シチュエーションは、
ミステリとしては及第点に及びません。
それでいながら
ぐいぐいと引き込まれる特異な吸引力を
持っている作品なのです。
【主要登場人物】
蜘蛛男
…正体不明の猟奇的殺人狂。
稲垣平造として冒頭に登場。
平田東一
…不良青年。稲垣の秘密を探ろうと
するが、蜘蛛男の手下となる。
里見芳枝
…蜘蛛男に殺害される。
遺体は六つに切断され、
石膏像に塗り込められる。
里見絹枝
…芳枝の姉。偽手紙に騙され、
誘拐、殺害される。
遺体は水族館で人魚に模される。
富士洋子
…映画女優。蜘蛛男に狙われる。
畔柳友助
…私立探偵兼犯罪学者。
警察の捜査に協力する。
野崎三郎
…畔柳博士の助手。
赤松警視総監…警視庁警視総監。
波越警部…警視庁警部。
明智小五郎…私立探偵。
本作品の味わいどころ①
見事な推理と華麗な失態、
明智の魅力全開
前半部は私立探偵・畔柳が
抜群の推理を見せながら、ことごとく
蜘蛛男にしてやられるという展開で、
「あれ、これって
明智ものじゃなかったっけ?」と
不安に駆られますが、折り返し地点で
ようやく明智小五郎登場。
何でも三年間
アジアを歴訪していたとか。
その帰国後わずか一日で、
それも新聞記事を読み込んだだけで、
事件の全容を解明し、
犯人を突き止める段階まで
達するのですから、もはや神業です。
その一方で、
せっかく賊の身柄を確保しながら、
若い野崎に任せたり
(しかも初対面だったのに)、
女性である絹枝にピストルを持たせて
監視させたりと、
「それはあり得ないでしょう」という
不手際で蜘蛛男を取り逃がすのです。
この「推理」と「失態」の
振れ幅が大きいところが
明智小五郎の魅力なのです。
存分に味わいましょう
(少年探偵団シリーズでは、
この「失態」部分を中村警部や
小林少年をはじめとする
少年探偵団員たちが担っているので、
明智はある意味神格化されている)。
本作品の味わいどころ②
進化した化け物キャラ、
確定した乱歩路線
前作の「一寸法師」も
特異なキャラクターでしたが、
今回は正体不明の「蜘蛛男」(といっても
脚が8本あるわけでもなく、
糸を吐くわけでもない)。
以後、「魔術師」「黄金仮面」
「黒蜥蜴」「人間豹」と、
明智シリーズは化け物キャラが
盛り上げることになるのです。
そしてそれはさらに
少年探偵団シリーズにも受け継がれ、
二十面相は「妖怪博士」「青銅の魔人」
「透明怪人」「宇宙怪人」
「お化けガニ」など、
さまざまな化け物キャラに
コスプレしていくことになるのです。
本作品の味わいどころ③
映像化は不可能、
徹底したエロティシズム
エロティシズムといっても、
本作品は若い女性を拉致監禁しながら、
性的暴行ははたらかないのです
(はたらいていたけれど描かれなかった
のかも知れないのですが)。
それでいて、最後の場面は
誘拐した49人の美少女を素っ裸にして
一気に毒ガスをまき、
もだえ苦しむのを見るという、
おぞましいばかりのエロスです。
こればかりは実写では不可能、
小説だけに可能な描写なのですです。
乱歩の映像化作品は、
一般に作品世界を十分には
表現し切れていないという評価が
なされがちですが、
確かに無理でしょう。
全裸の女性を49人登場させるなど。
1930年に出版された本作品も、
もはやほとんど
一世紀前のものとなりました。
しかしその超絶した作品世界を
継承する作家は現れず、
「乱歩」という一つのジャンルが
出来上がってしまいました。
それは本作品が
確立させたものでもあるのです。
乱歩の世界にまだ触れていないあなた、
怖いもの見たさにいかがですか。
〔本書収録作品一覧〕
押絵と旅する男
蟲
蜘蛛男
盲獣
〔明智小五郎作品について〕
なんといっても明智のデビューは
「D坂の殺人事件」(1925年)です。
青年・明智の明晰な推理が
短篇としてよくまとまっています。
以後、短篇が「心理試験」
「屋根裏の散歩者」「幽霊」
「黒手組」と続きます。これらは
「江戸川乱歩全集第1巻」で
読むことができます。
長篇作品第1弾は「一寸法師」です。
こちらは
「江戸川乱歩全集第2巻」に
収録されています。
本作品以後は、
「何者」(第7巻収録)
「猟奇の巣」(第4巻収録)
「魔術師」(第6巻収録)
と続きます。
〔「蜘蛛男」について〕
光文社文庫版以外に、これだけの
文庫本が刊行されています。
(2022.8.26)
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