この作品こそ、涙香・乱歩「幽霊塔」の原点
「灰色の女」
(A.M.ウィリアムスン/中島賢二訳)
論創社
叔父が購入した屋敷は、
過去に起きた
忌まわしい事件のために
「恐怖の館」と呼ばれていた。
その屋敷の
下見を命じられた「私」は、
そこで誰も知るはずのない
時計台のねじを巻いていた
不思議な美女と出会う。
彼女は一体何者なのか…。
ついにたどり着きました。
小学生の頃、
江戸川乱歩の少年探偵シリーズ
「時計塔の秘密」を読み、
スリル溢れる展開に感動し、
大学生の頃、
原版である乱歩「幽霊塔」に触れ、
その魅力にとりつかれ、
数年前、
さらにその原形作品・
黒岩涙香の「幽霊塔」の面白さにはまり、
それで終わりかと思えば、
涙香の翻案のもととなった
作品があることを知り、
なんとか読みたいと思っていました。
それが本書「灰色の女」です。
この作品こそ、
「幽霊塔」の原点なのです。
【主要登場人物】
テレンス・ダークモア
…「私」。主人公、語り手。
ウィルフレッド・アモリー卿
…テレンスの叔父。
ローン・アベイ館を買い取る。
コンスエロ・ホープ
…テレンスが出会った謎の美女。
アベイ館の秘密を知っているらしい。
ポーラ・ウィン
…アモリー卿の養女。
テレンスの従妹で婚約者。
コンスエロに嫉妬する。
フローレンス・ヘインズ
…かつてアベイ館で養母を殺害し、
獄死したとされる。
ハナ・ヘインズ
…フローレンスの養母。
幽霊となって現れるとの噂。
トーマス・ゴードン
…弁護士。コンスエロにつきまとう。
ミス・トレイル・ヘックルベリ
…コンスエロのお相手役。
怪しい行動が見られる。
ヘインズ・ハヴィランド
…ハナの養子でアベイ館の売主。
ジョナス・ヘックルベリ
…ミス・トレイルの兄。蜘蛛農園主。
レペル
…パリに住むユダヤ人。
ヴァレン
…元監獄付き医師。
マーランド
…ロンドン警視庁刑事。
原作ならではの面白さ①
「黒」と「白」を揺れ動く、
まさに「灰色の女」
表題「灰色の女」が表すとおり、
主人公・テレンスが出会う
謎の美女・コンスエロは、
あるときは「黒」に見え、
またある瞬間には「白」に見える、
この「黒」と「白」の間を
めまぐるしく揺れ動く存在なのです。
涙香・乱歩版よりも、原作の方が
より一層その動きが明確で
激しく描写されています。
彼女を表す作者の表記も
「ホープ嬢」「コンスエロ」、
そして疑義が持ち上がる度に
「”灰色の女”」と変遷し、
読み手を十分に惑わします。
筋書きは知っていても、
「実はコンスエロが犯人なのでは?」と
思わせる設定が絶妙です。
原作ならではの面白さ②
当然ながら涙香や乱歩の省略も
完全に収録
当たり前ですが、
本書が「翻訳」である以上、
原作のすべてがそこにあります。
涙香は「翻案」、
つまり忠実な「翻訳」ではなく、
適宜、省略や改変がみられるのです
(当時の海外ミステリ紹介については
それが一般的だった)。
巻末の解説でも
触れられているのですが、
涙香は本作品を「翻案」するにあたり、
全体の二割から三割にあたる分量を
切り捨てています。
原作を手にすることなく
涙香作品をさらに「翻案」した乱歩版は、
それよりもさらに一、二割削減、
すっきりと見通しが良くなった分、
辻褄が上手に合わなかったり、
背景が良く理解できなかったりする
部分が散見されるようになりました。
この「翻訳」はそうしたことなく、
両者によって捨象されてしまった要素も
すべて盛り込まれ、
「幽霊塔」の真の姿を
味わえるようになっているのです。
原作ならではの面白さ③
新装再登場!
現代によみがえった「幽霊塔」
したがって本作品は、単なる
「Woman in Grey」の邦訳を越え、
明治・昭和期の「幽霊塔」の
降り積もった煤を払い、
平成・令和の時代に対応した
リニューアル版「幽霊塔」としての
存在価値を持っているのです。
1898年にアメリカで出版された
「Woman in Grey」は、
涙香がその原書名と作者名を
巧妙に煙に巻いたため、
日本では長らくその正体が
謎のままでした。
それが110年の時を超え、
2008年にようやくその翻訳である
本書が出版されました。
文庫化はまだなされていないのですが、
本作品こそ、文庫化して
より多くのミステリファンに
読まれるべき傑作だと信じます。
〔涙香・乱歩の「幽霊塔」について〕
本作品の登場によって、
涙香・乱歩の両「幽霊塔」に
価値がなくなったかというと、
決してそうではありません。
何よりも涙香が「幽霊塔」によって
ミステリの面白さを
日本にあまねく知らしめた功績は、
「灰色の女」登場によっていささかも
損なわれるべきものではなく、
また涙香が原作にない
「後日譚」を附加したのも
日本らしい形に改めたものであり、
一つの読みどころとなっているのです。
また、両者とも
「秘密の部屋探し」に重点を置き、
筋書きを膨らませたことによる
面白さは、原作では
味わえないものとなっています。
本作ではアベイ館の
フロアとフロアに挟まれた、
外からは把握できなかった
「隠し階」に財宝が
隠されていることになっていますが、
それでは財宝の「量」が少なすぎると
考えたのでしょうか、
涙香はそれを地下に設定し、
主人公と女の最後の冒険を
魅力的にしました。
さらに乱歩はそれを
「地下迷宮」的に拡大し、
よりファンタジーを付け加えたのです。
ジブリアニメで有名な監督・宮崎駿が
乱歩の「幽霊塔」に魅せられ、
「ルパン三世・カリオストロの城」を
構想したことは有名です。
「灰色の女」
→「涙香版幽霊塔」
→「乱歩版幽霊塔」
→「カリオストロの城」という
一連の流れを考えるとき、
両「幽霊塔」が果たした役割は
決して小さなものではないはずです。
詳しくは岩波書店刊
「幽霊塔」(宮崎駿によるカラー口絵付)を
お読みください。
〔さらなる原形作品の存在〕
正確には原形作品とは
いわないのでしょうが、
「灰色の女」を執筆するにあたって、
作者ウィルスンが参考にしたのが
コリンズ作「白衣の女」ということ
らしいのです。
近いうち、
そちらも読んでみたいと思います。
(2022.9.2)
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