昭和の終わり頃の、どことなく懐かしい風景
「薄情くじら」(田辺聖子)
(「日本文学100年の名作第8巻」)
新潮文庫
「やっぱり、ケチだからよ、
お父さん」木津は家族の者に
このところ、頓に、
「ケチ親爺になった…」と
思われている。
中学生の娘二人はそれを
口にも出す。また、
「男のくせに、
やたら細かいことに口出して…」と
憫笑されているらしい。…。
お盆休みの平日、
つけっぱなしのTVに映っていたのが
NHK朝の連続テレビ小説の再放送
「芋たこなんきん」でした。
2006年に放送されたシリーズで、
田辺聖子の自伝的作品の
ドラマだったと記憶しています。
そこで思い出して読んでみたのが
本作品です。
しみじみとした味わいに満ちています。
もともと「春情蛸の足」という、
家庭料理に関わる短篇を集めた
作品集の中の一篇であり、
本作品も鯨肉料理を主人公が
懐かしむ様子が描かれています。
東北生まれ・昭和41年生まれの私には、
鯨肉はあまり(というよりもまったく)
なじみがないのですが、
「オバケ」「コロ」といった
独特の言い回しに懐かしさを
覚える方もいらっしゃると思います。
粗筋代わりに冒頭に掲げた一節は、
主人公・木津が
「勿体ない」を連発するようになり、
家族に煙たがられる、いや、
小馬鹿にされている一コマです。
本作品発表は1986年。
高度経済成長は終わったものの
バブルの真っ最中であり、
消費こそ美徳といわれていた時代です。
私は高校生から大学生にかけての
あたりですので、
感覚としてはこの「中学生の娘」たちに
近い方でしょう。
確かに私も両親を
「ケチ」だと感じていました。
本作品を読んで
なんとなく分かってきました。
この木津も、私の両親も、
価値観が大きく転換する時代に
生きていたということです。
「勿体ない」と親から当然のように
躾けられたものの、
いざ大人になってみると
それが通用しないほど
世の中にモノが溢れるように
なっていたのですから。
加えて木津は、
幼い頃に父親が家出し、
貧しい母子家庭で育ったことが
語られます。
同年代の人間以上に、「勿体ない」が
身に染みていたことでしょう。
木津は
「五十代とは違う」と思いながらも、
かといって若い世代とも明確に
異なることに気づいているのです。
そうした難しい生き方を
強いられている男の姿が、
ペーソスを持って描かれているのです。
それでも最後にはしっかりと
「救い」が描かれています。
昭和の終わり頃の、
どことなく懐かしい風景。
朝の「芋たこなんきん」とともに
味わってみませんか。
〔「もったいない」といえば…〕
そういえば当時、ACジャパンによる
「もったいないお化け」のTV-CMが、
かなりの頻度で放映されていたことを
思いだしました。
探してみたらありました。
1980年代とは、
そういう時代だったのでしょう。
〔NHK「芋たこなんきん」関連〕
すでに廃版ですが、
このようなものがあります。
〔田辺聖子の本〕
このようなものが
文庫本で流通しています。
ぜひご賞味ください。
〔本書収録作品一覧〕
1984|極楽まくらおとし図 深沢七郎
1984|美しい夏 佐藤泰志
1985|半日の放浪 高井有一
1986|薄情くじら 田辺聖子
1987|慶安御前試合 隆慶一郎
1989|力道山の弟 宮本輝
1989|出口 尾辻克彦
1990|掌のなかの海 開高健
1990|ひよこの眼 山田詠美
1991|白いメリーさん 中島らも
1992|鮨 阿川弘之
1993|夏草 大城立裕
1993|神無月 宮部みゆき
1993|ものがたり 北村薫
(2022.9.8)
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