「トランプ台上の首」(横溝正史)

怒られなかったのか?宇野浩二に

「トランプ台上の首」(横溝正史)
(「トランプ台上の首」)角川ホラー文庫
(「幽霊座」)角川文庫

アパートの部屋で発見された
ストリッパー・アケミの死体。
それはなんと
トランプ台の上に載せられた
生首だけであった。
その数日後、
アケミのパトロンが
死体で発見されるが、
死亡したのはアケミより前だった
可能性が。
金田一は…。

「首なし死体」のトリックは
ミステリでは常道であり、
横溝正史も愛用しているのですが、
本作品はなんと「首だけ死体」。
その謎を金田一耕助が解いていきます。

【事件簿File-046「トランプ台上の首」】
〔依頼人〕
なし
※等々力警部への捜査協力
〔捜査関係者〕
菅井警部補…浅草署捜査主任。
藤田刑事田代刑事…浅草署刑事。
岡村警部補…銀座署捜査主任。
小崎刑事𠮷田刑事…銀座署刑事。
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
〔事件関係者〕
牧野アケミ
…浅草ミラノ座の人気ストリッパー。
 本名は春子。
 聚楽荘の部屋で、生首が発見される。
稲川専蔵
…アケミのパトロン。
 西銀座・稲川商事社長。
 死体で発見される。
郷田実
…ミラノ座支配人。
伊東欣三
…ミラノ座主任。
高安晴子
…ミラノ座のストリッパー。
山根純一川端宏石河和子
…稲川商事社員。
宇野宇之助
…舟を使った惣菜販売・飯田屋店長。
 聚楽荘を得意先としていた。
「呼び止めた女」
…暗がりからアケミを呼び止めた女。
 アケミはこの女性から「殺されるかも
 しれない」と晴子に漏らしている。
〔事件の概要〕
事件発生:昭和31年
11月17日
・アケミ、「呼び止めた女」と接触
 (晴子証言)。
11月23日
・午後11時、郷田・伊東・晴子が
 アケミの部屋を訪問。
11月24日
・午前0時過ぎ、三人帰宅。
・午後7時、宇野が寿楽荘の
 アケミの部屋で生首発見。
 死体の死亡推定時刻は午前0時頃。
11月30日
・稲川専蔵の死体発見。死亡は22日頃。
 小切手と印鑑の紛失を確認。
12月5日
・金田一、捜査陣に調査結果を報告、
 事件解決。

本作品の味わいどころ①
「首なし死体」の逆・「首だけ死体」

前述したように、
本作品のメイン・トリックは、
この「首だけ死体」です。
基本的に「首なし死体」は、その身元の
特定を誤らせるのが目的です。
それによって、
被害者だと思われていた人物は、
本当は生きていて、
その人間が実は犯罪者だった、
という展開が可能になるのです。
しかしそれはあまりに常道過ぎるため、
横溝をはじめとするミステリ作家は、
どうやってその「裏」をかくかで
しのぎを削っているのです。
それが「首だけ死体」。
いったい何のために?
その謎を金田一が解き明かすのです。
この、「首なし死体」の逆パターン、
「首だけ死体」の謎解きこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

なお、この「首だけ死体」は、
高木彬光のデビュー作「刺青殺人事件」
使用されていたものです。
また、「首だけ死体」に関わって
「メヂューサの首」という
病気症状が登場しますが、そちらは
小酒井不木の「メヂューサの首」の
医学知識をそのまま流用したものと
思われます。
本作品のメイン・トリックは、
後輩作家・高木のアイディアに
先輩作家・小酒井の知見を組み合わせて
完成したものなのです。

本作品の味わいどころ②
捜査陣に好金田一派・嫌金田一派

その金田一に対する、
捜査陣の対応の仕方が
二分されているのも
本作品の面白さの一つです。
西銀座の事件では、岡村警部補が
金田一に好意的であったのに対し、
浅草では、金田一の介入に菅井警部補が
露骨に不満を表しているのです。
その菅井警部補が最後の場面では
「直立不動の姿勢で、襟をただして、
深く、こうべを垂れた」のですから、
金田一の人柄が
強調されているわけです。
この、捜査陣の対応から浮かび上がる
金田一の人柄こそ、本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

INDEX 金田一耕助の事件簿

本作品の味わいどころ③
怒られなかったのか?宇野浩二に

さて、本事件をかき乱すのが
宇野宇之助なる人物です。
アケミの死体発見者であり、
それで終わりと思いきや、
途中からクローズアップされ、
重要参考人となります。
その描かれ方が面白いのです。
「かくべつ好男子というのでは
ありませんが」
「食欲をそそりそうな体をしてる」
「ボッテリと肉が厚くて、逞しく、
ボチャボチャと色が白く」
「チョビ髭なんか生やし」
「いかにも、好きもん」などと、
第一容疑者として
名前が挙がった割には、疑わしい
匂いや雰囲気が全くないのです。
なぜ横溝は
このような人物を設定したのか?

実は冒頭に鍵があります。
宇野宇之助が
冒頭から登場するのですが、
このような一節があります。
「世の中には、
 いろいろかわった商売が
 あればあるものだ。
 売春婦たちが外で男とあうばあい、
 おまわりさんに
 怪しまれるのをさけるために、
 幼い子供をつれていく。
 その子供を貸す商売が
 あったそうである」

この商売、当時、
実際に存在したわけでなく、
小説「子を貸し屋」
描かれているものであり、
その作者が宇野浩二なのです。
宇野宇之助というふざけた命名は、
この宇野浩二をもじったものに
違いありません。

宇之助が取り調べの際に
軽妙洒脱な受け答えをするのですが、
よく読むとそれは
宇野の語り口と何やら似ています。
宇之助の相貌も「チョビ髭」など
まさに宇野をモデルにしたとしか
思えません。
この、作家・宇野浩二を
そのまま登場させたような
宇野宇之助のキャラクターこそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

実は横溝は、
初期の短篇「広告人形」でも
宇野浩二を意識したような文体を
使用しています。
また宇野の作品「蔵の中」
横溝の「蔵の中」も、
その関連性が指摘されています。

横溝は宇野を敬愛していたのでしょう。
自作のどこかに登場させようと、
その機会を狙っていたのかも
知れません。
それにしても本作品の発表は1959年、
宇野浩二存命中です。
宇野に怒られることはなかったのかと、
やや心配になります。

(2022.9.9)

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(2026.6.24)

〔本作品のこれまで〕
本作品は、1957年に雑誌発表され、
その二年後の1959年には
約二倍の分量に加筆され、
単行本収録されました。
1973年には角川文庫「幽霊座」に
収録されたのですがその後に絶版、
2000年に角川ホラー文庫に
表題作として収録されています。
なお、「幽霊座」は、
今年2022年に復刊を果たしました。

〔本作品の事件発生時期について〕
本作品中では事件の発生について
「昭和三十X年11月24日」という
記載がありますが、Xは不明です。
多くの資料では、
本作品の事件発生について
昭和31年としています。
ところが作品中の11月24日の
取り調べ場面で、関係者の一人が
「今日が木曜日で…」というセリフを
発しています。
11月24日が木曜日であるのは
昭和30年代では33年しかありません。
本事件の発生年は
昭和31年なのか33年なのか、
それもまた「ミステリ」です。

〔「トランプ台上の首」角川ホラー文庫〕
トランプ台上の首
貸しボート十三号
探偵小説講座

〔「幽霊座」角川文庫〕
幽霊座

トランプ台上の首

〔「首だけ死体」の横溝作品〕
「首なし死体」の作品は
それなりに多いのですが、
「首だけ死体」は横溝といえども
作品化するのは困難だったのでしょう。
本作品でも触れられていますが、
身元特定に決定的な「首」を隠し、
胴体だけを残すというのは
ミステリでは扱いやすい設定です。
しかしその逆の、「首」を残して
隠蔽困難な「胴体」を隠すなど、
そこにどんな意味を持たせられるか、
極めて限定的なのです。
本作品のように「首」を切断して
提示した横溝作品には、
そのものずばり「首」があります。

また、「デスマスク」を通して
あえて「顔」をあからさまにした
手口としては「死仮面」があります。

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