「トランプ台上の首(原形版)」(横溝正史)

金田一耕助の事件簿045b

私たちは一つの作品を二度味わえる

「トランプ台上の首(原形版)」
(横溝正史)(「金田一耕助の帰還」)
 光文社文庫

アパートの部屋で発見された
ストリッパー・アケミの死体。
それはなんとトランプ台の上に
載せられた生首だけであった。
その数日後、
アケミのパトロンが
死体で発見されるが、
死亡したのはアケミより前だった
可能性が。金田一は…。

前回取り上げた横溝正史
「トランプ台上の首」には、
例によって原形版が存在します。
本作品がそれです。

原形版は1957年の発表、その2年後、
1959年に改稿版が約二倍の
増量となって発表されたのです。

【事件簿File-045b
  「トランプ台上の首(原形版)」】

〔事件発生〕
昭和31年11月(東京・浅草・銀座)
〔依頼人〕
なし
※等々力警部への捜査協力
〔捜査関係者〕
緒方警部補…所轄署捜査主任(浅草)。
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
〔事件関係者〕
牧野アケミ
…麗人劇場の人気ストリッパー。
 聚楽荘に住む。
高安晴子
…あまり売れていないストリッパー。
伊東欣三…麗人劇場座付作家。
郷田実…麗人劇場支配人。
久米専蔵
…アケミのパトロン。
 西銀座・久米商事社長。
宇野宇之助
…舟を使った惣菜販売・飯田屋店長。

筋書き上は、大きな改編はありません。
したがって
本作品を単独で愉しむよりも、
改稿版との比較から横溝の創作過程を
探求するという目的が、
本作品の味わい方と考えます。

この原形版を読むと、
改稿にあたってなされたことは、
①西銀座の事件を丁寧に描写したことと、
②浅草の所轄暑主任と
金田一とのやりとりを詳細にしたことの
2点と考えられます。

①の作業がなされたことに伴い、
西銀座の事件が
浅草の殺人事件のおまけではなく、
重層的なものであったことが
強調される結果となっています。
原形版では
「ストリッパー殺人事件」だったのが、
「二重殺人事件」として明確化され、
事件に重みが増しています。
それによって、
関係者への聞き取り捜査が
主となっている原形版に、
地理的な広がりと時間的な変化を与え、
筋書き全体が立体感を獲得しています。

また②の作業によって、
捜査主任と金田一との確執が中途半端で
尻切れトンボに終わっていた原形版に、
一つの決着がもたらされています。
西銀座にも捜査主任を登場させ
(その人物は金田一を受け入れている)、
浅草主任をその人物と対比させ、
「確執」を浮かび上がらせています。
そして最後に浅草主任が金田一に
深い敬意を表すという
見事な終幕の設定に成功しています。
それによって
生首だけが発見されるという
おどろおどろしい事件の物語に、
人情味のスパイスを
効かせることができているのです。

一つの作品が完成しても
決して満足せず、
さらに完成度を高めようとした
横溝の創作姿勢のおかげで、
私たちは一つの作品を二度味わえる
楽しみを享受することができるのです。
原形版と改稿版、
ぜひ両者をご賞味ください。

〔「メジューサの首」について〕
作品(原形版・改稿版)中に登場する
「メジューサの首」とは、
門脈圧亢進症という、
消化管から肝臓へ血液を運ぶ門脈圧が
上昇する疾患群の一つです。
消化管から肝臓に流れ込む血流が
肝臓で停滞し、皮下静脈に流れ込み、
どす黒く浮かび上がる症状です。
その外見が
怪物メドゥーサの頭に見えるため、
その名がつきました。
実はこの症状をミステリに
最初に使ったのは
おそらく小酒井不木でしょう。
その名も「メヂューサの首」。
ちくま文庫刊「小酒井不木集」に
収録されています。

〔本書収録作品一覧〕
※すべて原形作品
毒の矢
トランプ台上の首
貸しボート十三号
支那扇の女
壺の中の女 「壺中美人」原形
渦の中の女 「白と黒」原形
扉の中の女 「扉の陰の女」原形
迷路荘の怪人 「迷路荘の惨劇」原形

(2022.9.9)

Christine TrewerによるPixabayからの画像

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