異常性癖という、もう一つの「乱歩らしさ」
「湖畔亭事件」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第2巻」)光文社文庫
湖畔亭に滞在していた「私」は、
刺激を求めるあまり、
得意のレンズの仕掛けを拵え、
風呂の脱衣場を覗くことを
試みる。ある夜、
レンズを通して映ったのは、
女の背中を狙う
短刀の一閃だった。
殺人の瞬間を見たのか、
それとも…。
江戸川乱歩の初期の中篇作品です。
「私」は覗き見趣味という
精神のやや歪んだ青年です。
「私」の見たものは、
殺人の瞬間だったのか、
それとも崩壊した精神の見せた
幻影だったのか?
「私」が語り手である分、
疑惑と恐怖に満ちた
ミステリとなっています。
【主要登場人物】
「私」
…語り手。湖畔亭宿泊客。
覗き見の最中、
殺人の瞬間らしきものを目撃する。
レンズ狂で覗き見が趣味。
河野
…湖畔亭宿泊客の青年。探偵趣味。
「私」の相談に乗り、事件を調べる。
長吉
…湖畔亭に出入りしていた芸者。
行方不明となる。
松村
…長吉を身請けしようとする青年。
事件当夜、長吉ともめている。
湖畔亭主人
…湖畔亭の主人。
怪しいそぶりを見せる。
三造
…湖畔亭の焚場で働く使用人。
トランクを持った二人連れ
…事件直後、慌ただしく湖畔亭を
立ち去る。大型トランクを持参。
本作品の味わいどころ①
異常性癖「覗き見」を扱った怪事件
何といってもいちばんの読みどころは
「私」の異常性癖・「覗き見趣味」です。
冒頭の語り手の告白から、
すでに乱歩特有の異常な世界へと
読み手は誘われていくのです。
それも脱衣所で一人になったときの
人間の表す本性が見たいという
ものなのです。
したがって「私」は、
女性だけでなく男性の裸体も
同様に観察していたのです。
「若い女性の裸を盗み見る」よりも、
ある意味、一層変質的です。
覗き見趣味を扱ったものとしては、
傑作「屋根裏の散歩者」が挙げられます。
そちらは屋根裏を這い伝わって
他人の部屋を覗き見ていたのですが、
本作品の「間接的な覗き」と
どちらがより不健康か、
判断に迷うところです。
本作品の味わいどころ②
「私」目線で語られる、渦中の恐怖
覗き見をして目撃した事実を、
黙っていることもできず、
かといって覗き見を
打ち明けることもできず、
「私」は苦悩します。
さらには自分が犯罪に関わっていると
疑われる可能性も、
「私」を追い詰めます。
「私」の味わう恐れと疑いは、
そのまま読み手のものとなるように、
本作品は創られているのです。
本作品の味わいどころ③
すべてが疑わしい、事件の真相は
トランクを持った二人連れは
もちろん怪しい、
村松も十分に疑うことができる、
湖畔亭主人は何かを隠している、
三造の行動も次々に
不審な点が浮かび上がる、と、
犯人は最後まで絞り込めません。
そして何よりも、
「私」のサポートをしながら
探偵捜査をしていた河野までが
疑念を持たせるに至り、
事件の真相は
まったく見えなくなっていくのです。
初期作品らしく、
乱歩特有の猟奇性は
まったく感じられません。
しかし異常性癖という
もう一つの「乱歩らしさ」は
しっかりと前面に押し出されている
作品です。
最後に語られる真相とはいったい何か?
ぜひ読んで確かめてください。
〔冒頭に宇野浩二の名前が登場〕
先日取り上げた
横溝正史の「トランプ台上の首」では、
宇野浩二の
「子を貸し屋」の一説が語られ、
宇野宇之助なる
明らかに宇野浩二をモデルとした人物が
登場していました。
本作品には宇野浩二の
「夢見る部屋」が登場します。
それもあり、
本作品の雑誌掲載第一回には、
宇野浩二による紹介の言葉が
掲載されたとのことです。
〔谷崎潤一郎作品との関連〕
乱歩が谷崎潤一郎の
「途上」をはじめとする犯罪小説から
影響を受けたことは知られています。
本作品に最もつながるものとしては
「白晝鬼語」が挙げられます。
表面的な筋書きは
まったく異なるのですが、
覗き見から見えた殺人事件、
相棒が実は「私」を騙している構造、
「事件の有無」といった根幹の部分、等々、
その風合いはとてもよく似ています。
来週月曜日に掲載する予定です。
※「江戸川乱歩全集第2巻
パノラマ島奇譚」収録作品一覧
闇に蠢く
湖畔亭事件
空気男
パノラマ島綺譚
一寸法師
(2022.9.16)
【「湖畔亭事件」収録書籍】
【光文社文庫・江戸川乱歩全集】
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