「食べることのできない料理」を扱う「人を食った小説」
「二ノ橋 柳亭」(神吉拓郎)
(「二ノ橋 柳亭」)光文社文庫
「二ノ橋 柳亭」(神吉拓郎)
(「日本文学100年の名作第7巻」)
新潮文庫
編集者・村上が関わった随筆
「二ノ橋 柳亭」。
そこには店のつくり、
店の雰囲気、店主の風貌、
接客態度、酒の肴などが
詳細に記されていた。
実はこの店は
架空の料亭なのだという。
ところが「柳亭」が実在するという
投書を受け取り…。
「食」に関わる、随筆なのか小説なのか
一読しただけでは
判然としない作品です。
美食評論家・三田仙之介がその作品中で
創作した料亭「柳亭」が
実在していたというのですから、
なにやらミステリ的な展開を
予感させます。
が、これは何のことはありません、
随筆の中の「柳亭」に感銘を受けた
読者の料理人が、
同じ味わいを醸し出せるように、
自らの店「柳亭」を
創りあげたというものなのです。
村上と三田は、
その「柳亭」を訪れるのですが、
「かすかな、それこそ、
目にも見えず、
どこがとも言えない違和感」を
感じるのです。
「柳亭」は三田の頭の中で創出された
理想の小料理屋なのです。
店構えも主も料理も、
すべては「理想」なのです。
それを他人が忠実に再現しようとしても
どこかに差異が生じるのでしょう。
本物の料理というのは
やはり難しいものなのです。
作品中の評論家・三田によると、
戦後すぐに
青木正児という中国文学者が、
「陶然亭」という
存在しない料亭についての随筆を書き、
しばらく経って、
それに影響を受けた
食通の大久保恒次が、
またしても空想の小料理屋
「田舎亭」という随筆を書いた、
それを受け継いだ形で
「柳亭」の作品を書いたのであり、
「陶然亭」も「田舎亭」も「柳亭」も、
実在しない
架空の料理屋であるというのです。
それでいて、
三者は一つにつながっていて、
京都の「陶然亭」を
神戸に移し替えたのが「田舎亭」であり、
それをさらに東京に設えたのが
「柳亭」なのです。
それぞれがその土地の旬の料理、
料理人や客の気質、
微妙な空気感を移植しているのです。
もしかしたらと思い、調べてみました。
本作品に登場する二つの食通エッセイ
(青木正児の「陶然亭」、
大久保恒次の「田舎亭」)は
実在する作品なのでした。
そうです。
作者・神吉拓郎は、本作品を通して、
「陶然亭」と「田舎亭」の
ネタばらしをしているのです。
両作品を読んで「いつか行ってみたい」と
思っていた人にとっては
衝撃だったのではないでしょうか。
「食べることのできない架空の料理」を
扱っている「人を食った小説」。
これぞ大人が読むべき作品です。
ぜひご賞味あれ。
〔本作品の主題について〕
本作品はもちろん「人を食う」ために
書かれた作品ではありません。
読み取るべきは、
実際につくられた「柳亭」を訪れたときの
三田の反応の意味なのです。
「どこがともいえない違和感」を感じた
村上以上に、三田が何かを感じ、
その「冷笑」を浮かべた三田の心情を
村上が測りかねている場面で
物語は幕を閉じます。
三田の感じたものは何か?
私などはまだまだ読みが浅く、
適切に文字に起こすことができません。
時間をおいて再読しての
作業となりそうです。
今回は仕方なしに
本作品の「目立つ側面」についてのみ
取り上げました。
〔本作品に登場する随筆について〕
「陶然亭」「田舎亭」の二作品も、
そのうち読んでみたいと思っています。
読書は繋がっていくのが面白いのです。
「陶然亭」は岩波文庫刊「華国風味」に
収録されているのですが、
絶版中です(電子書籍になっています)。
「田舎亭」も六月社刊
「続うまいもん巡礼」に
収められているようなのですが、
現在は廃刊中です(文庫化の形跡なし)。
〔神吉拓郎の作品について〕
ラジオドラマ執筆から始まり、
後に短編小説を
手がけるようになりました。
自身も相当の食通だったのでしょう、
食に関する作品が目立ちます。
1985年にグルメ文学賞
(そのような賞があったことに
驚き!)を受賞した
「たべもの芳名録」、
食の短編小説集
「洋食セーヌ軒」などがあります。
また、
「私生活」で直木賞を受賞しています。
〔「二ノ橋 柳亭」収録作品〕
ブラックバス
かぼちゃの馬車
昔噺じゃがの
巫山の夢
二ノ橋 柳亭
目の体操
金色の泡
〔「日本文学100年の名作第7巻」〕
1974|五郎八航空 筒井康隆
1974|長崎奉行始末 柴田錬三郎
1975|花の下もと 円地文子
1975|公然の秘密 安部公房
1975|おおるり 三浦哲郎
1975|動物の葬禮 富岡多惠子
1976|小さな橋で 藤沢周平
1977|ポロポロ 田中小実昌
1978|二ノ橋 柳亭 神吉拓郎
1979|唐来参和 井上ひさし
1979|哭 李恢成
1979|善人ハム 色川武大
1979|干魚と漏電 阿刀田高
1981|夫婦の一日 遠藤周作
1981|石の話 黒井千次
1981|鮒 向田邦子
1982|蘭 竹西寛子
(2022.9.29)
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