「吾輩は猫である」(夏目漱石)

本作品に挑む前に知っておくべきこと

「吾輩は猫である」(夏目漱石)
 新潮文庫

吾輩は猫である。
名前はまだ無い。
どこで生れたか
頓と見当がつかぬ。
何でも薄暗いじめじめした所で
ニャーニャー泣いていた事だけは
記憶している。
吾輩はここで始めて
人間というものを見た。
然もあとで聞くと
それは書生と…。

あまりにも有名な書き出し。
読んだことがなくとも
その書き出しだけは
知っているという人は
さぞかし多いことでしょう。
あるサイトに、
「しゃべり言葉を取り入れた文体」、
「おかしみのある内容」、
「読みやすくて楽しい小説」であり、
「文豪と言われている人の作品」について
「何を最初に読んだらいいか
わからないという人」に、
「おすすめします」とありましたが、
無理です。
現代作家の作品しか
読んでいない方であれば、
間違いなくハードルが高すぎ、
挫折します。
本作品に挑むとすれば、
次のことを知っておくべきかと
思います。

本作品を読むにあたって①
筋書きの面白さを期待してはいけない

読む前に絶対に理解しておくべきこと、
それは本作品が
「猫の物語」ではないということです。
佐野洋子「百万回生きたねこ」
有川浩「旅猫リポート」の原点などでは
ありません。
本作品に筋書きなど
ないに等しいからです。
本作品は、
明治の世の中になって大きく変わった、
もしくは
大きく変わろうとしている社会、
人間、
日本という国の在り方について、
猫の主人宅に集まった面々の
言動を通して論じるとともに、
猫の目線から風刺したものなのです。
では、
本作品中を闊歩している人間たちとは?

【主要登場人(猫)物】
⑴猫関係
吾輩
…語り手の猫。
 「主人」に飼われている。
 人間の生態や思考を
 鋭く見抜く観察眼がある。
車屋の黒
…乱暴者の黒猫。
 人間に天秤棒で殴られ、
 脚が不自由になる。
三毛子
…隣宅に住む二絃琴の御師匠さんの
 家の雌猫。
⑵主人宅の構成員
「主人」(珍野苦沙弥)
…「吾輩」の飼い主。
 文明中学校英語教諭。偏屈で胃弱。
珍野夫人…「主人」の妻。
珍野とん子・すん子・めん子
…珍野家の三姉妹。
御三…珍野家の下女。
⑶珍野家を訪れる人々
迷亭
…苦沙弥の友人の美学者。
 人をかついで楽しむのが趣味。
水島寒月
…苦沙弥の元教え子。学士。
 光学の研究をしている。
越智東風…新体詩人。寒月の友人。
八木独仙…苦沙弥の友人。哲学者。
多々良三平…苦沙弥の教え子。
雪江
…苦沙弥の姪。
 ときおり珍野家を訪問する。
⑷その他
金田
…近所に住む実業家。
 苦沙弥に嫌がらせを画策する。
金田鼻子
…金田の妻。
 娘の縁談について苦沙弥を訪れる。
金田富子
…金田家の娘。わがまま。
鈴木藤十郎
…苦沙弥・迷亭の学生時代の友人。

本作品を読むにあたって②
十一話構成の作品であり読み急がない

新潮文庫版で、本文は540頁。
しかも会話文以外は
改行が極めて少なく、
頁は文字だらけです。
これを一気に読むのは至難の業であり、
それが挫折の元となります。
本作品は十一話の構成となっていて、
まずは第一話を数回に分けて読み、
時間をおいて第二話以降を一話ずつ
丹念に読み進めるべきでしょう。
前述したように、
筋書きはないに等しいのです。
時間をおいても前話の内容を
忘れることはないでしょう
(忘れても支障はありません)。
では、
本作品に書かれている内容とは?

「人間社会の風刺」と
「漱石の自己分析」であると
私は考えます。
人間社会(というよりも明治開国後の
急速な近代化・個人主義化)の
矛盾や不合理を、
猫の目を通してそれらを
「異形」と指摘しているのです。
その指摘は、
本作品発表から一世紀を過ぎた
現代においてなお当てはまることが
たくさん見つかります。
そして「主人」は明らかに
作者・夏目漱石自身がモデルであり、
それを猫(といいうよりも理想の自分)が
冷静に分析している点も
読みどころの一つです。

本作品を読むにあたって③
美しい日本語を読み味わう覚悟を持つ

文体は古風
(当時としては新しい)であり、
若い方であれば聞き慣れない言い回しや
難解な漢字・表現が散見し、
決してすらすら読めるような
作品ではありません。
しかしそこに書かれてある日本語は
格調高く、声に出して読めば
背筋がきりっと引き締まるような
文章です。
その日本語の美しさを味わうという
覚悟が必要だと考えます。

以上を理解した上で、
読み始めるべきと考えます。
事前の心の準備がなければ、
読んでいるうちに
深い眠りに陥ることは必至です。
近年、国際化が叫ばれ、
英語を話せることが最重要で
あるかのような風潮がありますが、
まずは自国の文化を
しっかり知ることが大切です。
中高生の皆さん、
そして大人の貴方、
あまりにも有名な書き出し
「吾輩は猫である。名前はまだ無い」の、
その先をぜひ読んでみませんか。

〔何から読むか?夏目漱石〕
やはり「坊っちゃん」でしょう。
中学生からお薦めです。
しかし、
その奥にあるものを読み取るのは、
大人になってからだと思われます。
中学生のときに読み、
大学生となって読み、
大人になってから再び読むことを
お薦めします。

そして「こころ」でしょう。
こちらは「下」のみ高校の教科書で
学習するかと思われます。
こちらも中高生で触れ、
大人になってさらに味わうことが
理想的です。

誰も推す人がいないのですが、
私は「抗夫」
「坊っちゃん」「こころ」に次いで
読まれるべき作品と考えます。
異色作ではありますが、
考えさせられることの多い作品です。

〔「猫作品」を味わいましょう〕
多くの人に愛される動物・猫。
作家には猫好きが多かったのでしょう。
「猫作品」はあまた存在します。

(2022.10.10)

Юрий СидоренкоによるPixabayからの画像

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