それぞれどんな｢女｣でしょうか。
「百年文庫041 女」ポプラ社
「洲崎パラダイス 芝木好子」
宿屋の払いを済ませて
外に出ると、二人の懐中には
百円の金も残らなかった。
義治が煙草を買っているひまに、
蔦枝はあてもなく
橋桁まで歩いていった。
二言目には｢死ぬ｣と言い
｢死にゃあいい｣と
自棄になっている彼なので、
蔦枝は…。
｢女心と秋の空｣。
移ろいやすい女性の心を
秋の空になぞらえたことわざですが、
女性に対してこのような
ステレオタイプ的な見方を
してはいけないのでしょう。
さて、百年文庫第41巻のテーマは｢女｣。
当然三篇とも女性に関わる作品ですが、
それぞれどんな｢女｣でしょうか。
一篇目、
｢洲崎パラダイス｣の女･蔦枝は、
娼婦上がりの女性です。
食わせてくれる男性を
求めているのですが、
期待した義治は失職して
一文無しとなります。
義治に惚れていながら、
金離れの良い男が現れると
すぐ乗りかえる、
そうかと思うと義治のことが気になる。
まさに｢女心と秋の空｣です。
複雑な心理です。
「黒縮緬の女 西条八十」
おもいでは風のように来る。
今朝浅草神社奉賛会から
三社祭への招待状を貰った。
それを広げて読んでいるうちに、
ふと忘れていた
女妖のひとりを想いだした。
出逢った場所は
浅草の六区だった。
まだ二十四五。
大学を出たての…。
二篇目、｢黒縮緬の女｣は、
浅草へ芝居を見に行った｢ぼく｣を、
誰かと勘違いして呼び止め、
そのまま｢ぼく｣を
新しい世界へと導いていくのです。
｢ぼく｣の視点で語られるため、
｢黒縮緬｣は最後まで謎めいた存在
(というよりも妖しいお姉さん)として
描かれているのですが、多分に
気まぐれな女性といえるでしょう。
｢女心と秋の空｣と
いえないこともありません。
「行く雲 平林たい子」
人間が生れることは
奇跡に思われた。
ところが他の場所で
山口の子供が生れたことは、
それ以上の奇跡だった。
その驚きの遠心力で、
里子は山口と
すぱりと別れてしまった。
刀でなぎ払ったほど、
その別れの切り小口は
美事だった…。
三篇目、｢行く雲｣の里子は、
それとは異なります。
夫･山口は隠し子を籍に入れるために、
その手続きを妻･里子に任せるのですが、
里子は預けられた印鑑を使って、
そのまま離婚届を作成、
素早く離婚を成立させています。
かなりのやり手であり、
その｢心｣はまさに｢信念｣であり、
ころころ変わるようなものでは
ありません。
蔦枝、｢黒縮緬｣、里子、三者三様の、
タイプの異なる女性三人ですが、
共通項があるとすれば
｢情の深さ｣でしょうか。
蔦枝は義治と切れそうで
なかなか切れない、
情の深さを感じさせます。
里子は夫をすっぱり斬り捨てましたが、
ついつい｢あの女｣(夫の愛人)や
その子･女礼に、何かにつけて
世話を焼こうとしてしまいます。
まるっきり絶縁ではなく、
どこかでわずかにつながっている、
これも情の深さの一つの表れでしょう。
｢黒縮緬｣もまた、
｢ぼく｣が積極的な再開を望んだなら、
深みにはまっていたに違いありません。
三人とも、
男にとって素敵な｢女｣なのです。
さて、視点を変えて
三作品に登場する｢男｣を見てみると、
やや悲しくなります。
｢洲崎｣の義治は甲斐性のない男で、
使い込みがばれて馘首になります。
｢黒縮緬｣の｢ぼく｣は
優柔不断の気弱な詩人。
そのくせ｢黒縮緬｣との素敵な体験を
自慢げに語るその性格には
問題があります
(モデルは西条八十自身であり、
甚だ失礼な見方なのですが)。
｢行く雲｣の山口も、
女性をなめきっている
｢嫌な男｣なのでしょう。
それぞれの作品において、
男は完全に女の引き立て役にしか
なっていません。
現実の世の中も
そうなのかも知れません。
特に中学校の教育現場では、
数年前から女子生徒の学習成績の方が
男子生徒のそれを大きく上回る
現象が起きています(私の地域だけの
現象かも知れませんが)。
男低女高なのです
(もっとも性別に分けて成績を
考えること自体、無意味なのですが)。
男子低迷の時代と
なっているのでしょうか。
話がかなり脱線してしまいました。
本書の三篇で、情の深い女性の魅力を
十分に味わいましょう。
季節はもうすっかり秋です。
読書の秋に、お薦めの一冊です。
〔芝木好子の本〕
〔西条八十の本〕
〔平林たい子の本〕
（2022.10.12）
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