長編作家として自身のスタイルを確立した作品集
「江戸川乱歩全集第2巻
パノラマ島綺譚」
(江戸川乱歩)光文社文庫
「闇に蠢く」
画家・野崎三郎には異性に対して
独特の嗜好があった。
顔に代表される
容姿そのものよりも、
肉体そのものの美しさに
惹かれるのだった。
野崎は初めて自分の趣味を
満足させる女・お蝶を
手に入れる。
しかしお蝶は
何かを恐れていた…。
光文社文庫「江戸川乱歩全集第2巻」を
再読了しました。
第1巻が二十数編を収めた
短編集だったのに対し、
本書第2巻は中長篇織り交ぜた5篇
(うち1篇は未完のため短篇程度の
分量)のみとなっています。
ここからも分かるように、
この第2巻は、
江戸川乱歩の長編作家としての
曙のような作品集となっているのです。
そしてこれらの作品には、
後年の乱歩らしさが
滲み出ているという点において、
貴重であるといえます。
1篇目、「闇に蠢く」は、
「自作解説」で作者自身が
「ひどく恥ずかし」いと
述べているように、
お世辞にも傑作とはいえない
側面があります。
しかし乱歩らしい「異常嗜好」が
これでもかと現れている作品であり、
そこに本作品の面白さがあります。
筋書き自体には、惜しまれることに
緻密な一貫性はありません。
それでいて、全体を俯瞰したとき、
えもいわれぬ妖しい雰囲気に
満ち満ちていて、
乱歩特有のデカダンスの世界が
しっかりと展開しているのです。
「湖畔亭事件」
湖畔亭に滞在していた「私」は、
刺激を求めるあまり、
得意のレンズの仕掛けを拵え、
風呂の脱衣場を覗くことを
試みる。ある夜、
レンズを通して映ったのは、
女の背中を狙う
短刀の一閃だった。
殺人の瞬間を見たのか、
それとも…。
2篇目、「湖畔亭事件」は、
「屋根裏の散歩者」とも相通じる、
異常な性癖を扱っています。
主人公・「私」は、覗き見趣味という
精神のやや歪んだ青年なのです。
「私」の見たものは、
殺人の瞬間だったのか、
それとも崩壊した精神の見せた
幻影だったのか?
「私」が語り手である分、
疑惑と恐怖に満ちた
ミステリとなっています。
「空気男」
同じ下宿屋の隣同士の
北村五郎と柴野金十は、
お互いに暇を弄んでいた。
その慰みとしてそれぞれ
探偵小説を書き上げるが、
意外にもそれが売れ始める。
二人は探偵小説作家として
様々な試みを繰り広げるが、
次第に飽き始めて…。
第3篇、「空気男」は、
残念なことに未完成作品です。
途中で頓挫しているのですが、
その先に尋常ならざる面白さが
潜んでいることを感じさせる、
不思議な一篇です。
未完と侮ることなどできない雰囲気を、
ぜひ味わっていただきたいと思います。
「パノラマ島綺譚」
壮大な地上の楽園建設の
夢想をしていた人見廣介は、
学生時代に自分と瓜二つだった
資産家・菰田源三郎の死を知る。
彼の遺体が土葬されたことを
確認した廣介は、
自らをこの世から消し、
菰田源三郎として
蘇生する計画を立てる…。
第4篇、「パノラマ島綺譚」こそ、
乱歩の、乱歩らしい、
初期の一大傑作です。
乱歩作品初心者が読めば、
そのあまりの異様さ、
あまりの美しさ、
あまりのおぞましさに、
腰を抜かすはずです。
読みどころはずばり、
パノラマ島の絶景です。
どこの国とも知れぬ風景、
デフォルメされた自然と
トリックアートの数々、
機械群をはじめとする異様な造形、
ところどころに現れる
裸体の美女たち、…。
パノラマ島はエキゾチック、
エキセントリック、
グロテスク、
エロティックなのです。
「一寸法師」
小林は好意を寄せていた
百合枝から、
失踪した継子の三千子の
捜索のため、探偵・明智小五郎を
紹介して欲しいと頼まれる。
明智は早速調査を開始するが、
出てくる証拠は、
三千子の死と
その犯人が百合枝であることを
示していた…。
第5篇、「一寸法師」は、
明智小五郎シリーズの第6作となります。
それ以前の5作品が
すべて短篇であることを考えると、
本作品は明智小五郎初の
長編としての事件なのです。
その後に発表された明智シリーズは
「何者」「兇器」のみ短篇であり、
他のすべてが
中・長編であることを考えると、
この「一寸法師」こそ、明智小五郎の
リ・スタート作品といえるのです。
こうしてみると、
初期作品集・第1巻における
魅力ある作品を連発した短編作家から
バージョンアップし、
長編作家として自身のスタイルを
確立した時期の作品集が
本書・第2巻であるといえるのです。
勢いに任せて書き進めたのか、
構成に緻密さが見られないのが
玉に瑕なのですが、
それもまた乱歩の魅力の一つでしょう。
本書収録作品のあとには、
「蜘蛛男」「魔術師」「吸血鬼」「黄金仮面」
「妖虫」「黒蜥蜴」「大暗室」「暗黒星」
「地獄の道化師」など、
傑作長篇が続々連なります。
やはりここが乱歩の
大きな転換点だったのです。
長編作家・江戸川乱歩の始まりの世界を
堪能してください。
〔光文社文庫「江戸川乱歩全集」〕
(2022.10.21)
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