「ちょっと危ない」部分が感じられます。
「蔵の中」(宇野浩二)
(「思い川/枯木のある風景/蔵の中」)
講談社文芸文庫
そして私は質屋に行こうと
思い立ちました。
私が質屋に行こうというのは、
質物を出しに行こうと
いうのではありません。
私には少しもそんな余裕の金は
ないのです。といって、
質物を入れに
行くのでもありません。
私は今質に…。
宇野浩二の出世作といわれる作品です。
筋書きというほどのものが
あるわけでもないので、
冒頭の一節を抜粋しました。
宇野浩二特有の、
読者に語りかけるような言い回し
(まるでラジオのトーク番組の
台本のよう)、
自らの貧乏と甲斐性のなさを
赤裸々にさらけ出す自虐性、
話題をあちこちに飛び火させ
何が本筋か
意図的に読み手を煙に巻くしたたかさ、
すべてが宇野浩二らしい逸品です。
でも、冷静に考えると、
「ちょっと危ない」部分が感じられます。
本作品の「ちょっと危ない」部分①
着物に対する「ちょっと危ない」感覚
「私」(作家です)の
質物の大半は着物です。
今着ているものも含めて
すべて質に入れてしまったという
強者です。
でもそれ自体は、
単に貧乏なだけなのでしょうが、
毎月その金利をしっかり支払い、
質流れしないようにしている、
原稿料が入っても、
その着物を質請けするわけでもなく、
高い金利を支払い、
預けたままにしている、
まるで大切な着物を質屋に
管理してもらっているかのようです。
それだけならまだしも、
質入れしてある着物を、
自分で虫干しさせてもらうよう
頼み込むのは
どう考えても「危ない」匂いがします。
質屋の蔵の中で
虫干ししてしまうのですから、
表題が「蔵の中」。
本作品の「ちょっと危ない」部分②
布団に対する「ちょっと危ない」趣味
そして布団にも愛着があり、
高い値段で買った布団を、
やはり質入れし、
代わりに粗末な布団を、賃料を払って
借り受ける、「ちょっと変」です。
しかもやはり質屋の蔵の中で、
その布団を敷き、そこに入って
虫干ししている着物を眺めながら、
布団や着物に関係する
女性の思い出に浸る、
これはもう「ちょっとどころでなく
危ない」趣味です。
本作品の「ちょっと危ない」部分③
女性に対する「ちょっと危ない」瞬間
この作家、どこからどう見ても
貧乏でダメ男なのですが、
女性遍歴は豊富で、
綺麗な女性には眼がありません。
質屋の主人の妹(三十前後の美人)が
出戻ってきたから大変です。
質屋の蔵の中に布団を敷き、
女性との思い出に浸りながら
うたた寝しているところに、
予想通りにその女が現れます。
「相当危ない展開」になることを
想像しながら読み進めましたが…、
何も起こりません。
ただ世間話をしただけで終わります。
ここは「ちょっと危ない」程度で
済んでいます。
さて、単なるコメディにも
感じられるのですが、
まだまだ「ちょっと危ない」雰囲気を
隠し持っています。
例えば主人公のモデルは
作家の近松秋江といわれていますが、
この作家の作品は、露骨な愛欲生活の
描写が売り物の私小説であり、
「かなり危ない」芳香を発しています。
また、本作品の一節
「私たち小説家の仲間に
近頃鼻紙の洟をなめて喜ぶ男などを
書いた男がありますが…」と
揶揄された作家は何と谷崎潤一郎
(作品は「悪魔」)であり、
「非常に危ない感性」を発揮している
作家を引き合いに出しているのです。
表面通りのコメディなのか、
それとも「そこそこに危ない悪趣味」を
上手に糊塗した短篇なのか、
判断が難しい作品です。
でも、難しいことを考えずに、
「ちょっと危ない男」の話を味わうのが
正しい読み方でしょう。
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